| 「オレ…そんなことしていいとかいったっけ?」
 
 寝起きに見上げた顔は、これでもかというぐらい不遜で。
 
 「いや、許可とか必要なのか?」
 
 心底不思議そうに発せられるその言葉に頭痛がするのは、寝起きのせいとかじゃ、絶対ない。
 
 
 
 
 容疑者S
 
 
      
 「…とりあえず、コレはずせ。サスケ」
 「いやだ」
 「ハァ!?今日晩飯一緒に食いに行こうってお前言ってなかったっけ?」
 「まぁな、けど気がかわったんだ。しょうがないだろ?オマエ、オレが家に荷物置いてこっちに戻って来る高々数分の間も待てずに寝てたんだから、なぁ?」
 
 自業自得、と続けて耳元で囁かれた低音に背筋が粟立つ。きっとサスケは今物凄く意地の悪い笑みをしているに違いない。
 確かに、サスケとの約束があったのに自分は学校から帰ってすぐに寝てしまった。それはちょっとはまぁ悪かったと思うけれど、疲れていたのだからしかたがない。不可抗力というやつだ。
 玄関はちゃんと開けといてやってただろが!!
 思わず心の中でナルトは叫んでみるが、そんなことでは状況など微塵も変わらない。
 こんなことになるなら玄関の鍵なんて開けておいてやるんじゃなかった、とナルトは心の中で一人ごちた。
 
 「えー…えっとですね、サスケ君。コレ全然意味わかんねぇんだけど。なぁ、なんでオレってばネクタイで両手纏め上げられてんの?ご丁寧にベットにまで括り付けられてさ!気分がかわってもこんなんやらねぇってばよ!?ふ・つ・う・は!」
 
 とりあえず今の状況を打破しようとやさしくサスケを問い詰める作戦に出ようとしたのに、途中から堪らなくなってヒートアップだ。
 
 「さぁ、普通がどんなもんか知らないからな。案外いるんじゃねぇか、ふ、つ、う、に。」
 
 いけしゃあしゃあと、そんなことを言うサスケにナルトは純度の高い殺意を確かに覚えた。頭突きでも一発かましてやりたい気分だが、両手が拘束されてサスケが身体の上に乗っている今の状況ではムリな話というもの。こうなったらとりあえず自由な口を使うしかない。
 
 「重たいんだけど」
 
 手始めに無難なことを言ってみる。
 
 「嘘つくな。体重はそんなのせてないだろ」
 
 見事にあっさりと玉砕した。
 
 「じゃあ、顔近い」
 「何か問題があるのか?」
 
 サスケには何を言っても無駄なのか。むしろこの男に常識的な価値観とかはないのか。
 どうして吐息を唇に感じるほど顔が近いこの距離は、問題がないと言うのだろうか。
 あたかもナルトが単に意識し過ぎだ、という感じで言うサスケに、ナルトの頭の中は混乱してくる。
 
 「じゃ、じゃあ手痛い」
 
 ここで負けては男が廃る、と思いナルトは尚も混乱した頭を働かせてサスケに抗議する。
 
 「そこで“じゃあ”ってなんだよ。そんなに痛くないだろ?」
 
 意味深な笑みを向けるサスケに背中に変な汗をかくのを感じた。
 確かに……あまり手首は痛くない。濃紺の制服のネクタイは、丁寧にガッチリ巻かれていてびくともしない。無理してネクタイを取ろうと暴れでもしない限り、肌に傷もつけないだろう。
 
 どこでこんなこと覚えてきやがったんだ……
 つぎ、次はなんて言えば……
 
 「もういいだろ?いい加減に諦めろよ」
 
 見透かすように言って、視線をさ迷わせて逃げ場を探すナルトを宥めるようにサスケの手が首筋を撫でて頬に移動してくる。
 
 「う、ぁっ」
 
 コイツ、オレのこと好きって言ってから容赦ない。
 肌に吸い付くように滑る指先に、意識が掻き乱される。
 犯罪だ。やってることも、サスケの存在も。
 
 そんな眼で見るなってばよ、暑苦しい!!男相手にナニ本気で欲情してますって顔してんだってば!!!信じらんねぇ。
 
 「おま、え、なにしてもオレが許すと思ってる、だろ?」
 
 サスケの熱に当てられて、うまく回らない舌を懸命に動かし、ナルトは非難の目を向けてサスケに言った。
 
 「あぁ。思ってるな」
 「…………っな……」
 
 高慢な物言いで、サスケは一文字一文字丁寧に言葉にした。
 余りにも勝ち誇った瞳に真っ直ぐ見つめられて、ナルトは絶句する。
 
 こんなにはっきり言い切られると、もうどう言い返したらいいのかわからない。
 そうなのだ。確かにに自分はサスケが何をしてもそれを受け止めてしまえそうな気がして怖い。
 図星なだけに質が悪ことこの上ない。
 
 自信満々の瞳から目を反らして落ち着け、と自分に数度言い聞かせる。流されるな。いくら許せると言っても、なんでもされていいわけじゃない。そうだ、自分にはちゃんとした意思が……
 
 「うひゃあっ!!」
 
 首筋に湿った感触を覚えてナルトの腰が跳ねた。
 どうやらサスケが考え込むナルトに焦れて行動に出たらしい。
 ナルトのシャツのボタンがサスケの長い指で器用に外されていく。
 
 ヤ、ヤヤヤバイヤバイヤバイってばよ〜!!!!!
 
 ナルトは必死でこの状況をどうにかしようと試みるが、もうサスケを止める手段を考える思考など残っていなかった。
 図星を指された時点でとうに掻き乱されて使いものにならなくなっていたナルトの思考は、更に拍車がかかってショートしてしまった。
 
 けれど、そんな脳みそでもこの状況を打破するには必死で働かすしかないのだ。本能に近いところで考えろ。
 そもそもサスケは自分が本当に嫌がっていたら止めるはずなので(これは幼い頃からの腐れ縁でよく知っている)、今の自分は本当に嫌がった顔をしてない、ということなのか。
 ってそんなこと分かっても全然嬉しくないってば!!
 ナルトは今度は自分に対して頭痛を覚えた。
 
 抵抗を諦めきれずに尚も身体を硬くしていると、額にかかった前髪をかきあげられてキスをされる。まるで子どもをあやすような扱いにナルトは抗議の言葉を口にしようとしたが、徐々に下に下りてくる唇の感触の生々しさに急いで口を閉じる。ナルトの予想を外れ、サスケはナルトの唇には触れず、耳の付け根から脈をたどるように唇を滑らせた。
 その上サスケの手はいつのまにかカッターシャツの中にまで忍び込んでいて、さっきから腹や腰の辺りを行ったり来たりしている。普通にただ触る、というより撫でるようなじれったい感覚に背中が反って足先がつりそうだ。
 
 「悪ぃ」
 
 一瞬余りに切羽の詰まった声色で、誰が発した言葉かわからなかった。
 
 目の前の人物を見ると、苦しそうに眉が寄せられている。その表情すら色気が漂っていてナルトはこくん、と唾を飲み込んだ。
 
 「……な、にが?」
 
 漸く、声をしぼりだす。手に巻かれたネクタイが汗で湿って気持ち悪い。
 
 何が「悪ぃ」なんだってばよ!早く言えって!!これか?オレを縛ってること!?だったら謝る前にさっさとはずしやがれ!このバカサスケ!!!
 
 再び意識した拘束に、逃げたくても逃げられない状況を思い出して焦る気持ちを抑えるため、頭の中で悪態をつく。
 
 「……悪い。いくらオマエが嫌がっても止められそうにない」
 
 あれ……?やっぱオレってばちゃんと嫌がってる顔してたのか?なんだ……。やっぱり、そうだよな〜!
 
 さっき自分に対しておぼえた頭痛を撤回して、ナルトは安堵に胸を撫で下ろした。
 が、実際は安心している場合ではなかった。すぐに次の言葉で絶句することとなる。
 
 「実はな、」
 
 つぃ、と親指で唇を撫でられナルトは反射的に視線を上げる。
 
 「嫌がってるオマエって結構そそるんだ」
 
 さっきの愁傷さはどこへやら、今はギラギラした視線を楽しそうに細めたサスケが目の前にいた。
 
 「…………。」
 
 瞳をまんまるにして呆然としているナルトの頬を一撫でし、舌なめずりをする。
 
 「ひぇ…」
 
 思い出したように漏れた情けない声を、口を塞いで止めるために手に力を入れるがぴくりともしない。
 さっきから何度も認識しているはずなのに、自分の手が拘束されていることをナルトはまたもや忘れていた。
 
 「無駄だ。解けねぇよ」
 
 サスケの顔がもうこれ以上近づけないってほど近くなって、逸れていった。
 耳に息がかかる。
 
 「覚悟を決めやがれ」
 
 視界に戻ったサスケの顔は不敵に笑っている。
 
 なのに、なんで。
 なんでお前震えてんだよ。
 
 今は自分の腕を戒めている上に添えられたサスケの手が少し震えていて、その振動が伝わってくる。
 真っ直ぐに見上げたサスケの瞳は、強い光りを湛えながらも揺れていた。
 
 こんだけ人を押さえ付けて、あんなに勝ち誇った顔で言葉を吐いているくせに、この男はまだ不安なのか。
 
 「お前に言われたくないってば」
 
 未だ覚悟が出来てないのはお前だと、言外に仄めかす。
 
 欲しいけれど、上手く手を延ばす方法が分からずに感情を持て余している子どもみたいだ。
 
 図星を指されたせいかサスケはだんまりだ。
 言い過ぎたかと思ってサスケから目を逸らす。
 この幼なじみは本当に厄介だ。そしてそんなヤツを突き放すことのできない自分の心も厄介だ。
 
 「……オレは……」
 
 サスケが口を開いた。
 
 言い訳すんのか?
 
 このまま黙って自分の上から退くと思っていたサスケが口を開いてナルトは少し驚いた。
 
 「それでもオレは……自分なりに覚悟を決めてきた」
 
 既に瞳の光は揺れていなかった。
 ゆっくりとその光が見えなくなって、唇にやわらかい何かを押し当てられる。
 
 そうだった。
 サスケの瞳は揺らいでいても、強い光を湛えていた。
 
 覚悟を決めていなかったのは結局オレの方かってば……?
 
 自分が覚悟をできていなかったからサスケにそれを擦り付けようとしたのか。
 けれど、それにしたって業腹だ。そもそも自分に覚悟を決める義理があるのか?
 もっとも根本的な問題に戻ってしまった。
 
 サスケの深くなるキスを受け入れながら、ナルトは懸命に考える。
 
 自分が拒めないのは、全てを許してしまえると思うのは?
 
 「ん……ふっ」
 
 より深くなるキスに思わず温度の高い息が漏れる。
 こんなに情熱的に、想いを必死に伝えるような口づけ、頭の中が沸騰しそうだ。
 普段のクールなうちはサスケ君はどこいったんだよ。
 
 反則だ。
 薄らと目を開くとぼやけるほど近くにサスケの顔がある。
 見慣れていたはずの顔。けれど今は見慣れない男の顔をしていて。
 もういい。折れてやるってばよ。
 
 とっくに奪われていた心に気付かない振りをしながら、ナルトはサスケの情熱に今、折れた振りをして、再び目を閉じた。
 
 
 
 08/01/26
 『容疑者N』と同設定。幼馴染、高校生萌え。
 
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