| 罠は昼に仕込み、深更に掛けるべし 3
 
 まずい。
 大変まずいことになったぞ。
 
 風呂を出たら自分の衣服が消え失せ、代わりにきっちりと用意されていた浴衣に袖を通しながら、ナルトは溜め息をついた。
 浴衣を着ることは下忍になって任務をこなしだした頃から慣れたはずなのだが、なぜか今日は肌に馴染まない。他人行儀な肌触りに胸の中がムカムカした。
 ぺたっぺたっと、時間をかけてゆっくりと廊下を歩く。風呂場に向かうときは長く感じた廊下も帰りはどうしてか終わりが早い。灯りの漏れる障子が見える。ナルトはさらに動きを緩慢にして歩幅も縮めた。お陰で先程の部屋にたどり着いた時には、身体はすっかり冷え切り、足なんて氷のように冷たくなってしまったのだった。
 
 「サスケー出たってばよ〜!」
 
 半ば投げやりな調子で声をあげ、紙と木で出来ているくせにやけに重たい戸をひく。
 
 「遅かったな」
 
 ナルトは戸が重い元凶を見て半眼のままその言葉には答えず、かわりに質問を返した。
 
 「オレの服どこいったんだってば?」
 
 あれが乾いたら帰るから、そう続けるナルトにとんでもない返事が返ってくる。
 
 「洗濯機でまわってる」
 「は?」
 「だから、もう全部洗濯機に放り込んじまったから、乾くの早くて明日の朝だぞ」
 
 不信気に小首を傾げながら言うサスケにナルトは絶句するしかない。
 流石にこの寒くなった季節にずぶ濡れの服を着て寝るのは無理だ。
 無理と言えば……
 
 「サスケ、貸してもらってなんだけど、この季節に浴衣一枚はねぇってばよ……」
 
 いくら分厚目の生地でも正直寒い。風呂から上がってすぐはどうも思わなかったが廊下をゆっくり歩いている時にはその事実を痛感した。
 
 「あぁ、布団が羽毛だからその方がいいんだ」
 
 薄着ぐらいが一番温かく感じれる。言って緩く笑むサスケに、ナルトはまるでその場に張り付けられたように動けなくなった。
 思わずなんとも言えない胸の疼きを感じさせられて、俯いて赤くなっている足の指先を見つめる。なんだか、ふいにサスケがこんなに大切そうに扱うのは自分だけなのではと思ってしまった。
 その為、ナルトはサスケが口だけ動かして続けた言葉には気がつかなかった。
 
 「ナルト、布団そっちの部屋にひいといたから」
 「あ、ああ」
 
 いくら大切に扱われているかもと思っても、それと今回の話は別で、ナルトが逃げ出したい気持ちで隣の部屋の襖を開けると一組の布団が敷いてあった。
 思わずほっと一息漏れる。
 もしかしたら一緒の部屋で寝ることになったりするのではと懸念していたのだ。
 一緒の部屋で寝たらあの任務のことを思い出してしまう。思い出してしまったら……
 とん、と背中をおされ、足が宙に浮いた。
 スローモーションがかかったように畳の床がゆっくりと近付く。こんなので転けたら忍びが廃ると足に力を入れて歯を食いしばるが、何かに払われたらしい。一気にバランスを崩し、何事かと原因を把握する前に本能的に予期した結果に目をつぶる。
 後頭部の付け根が熱い。ぞわりとした感覚。背中にたいした衝撃を受けず、代わりとばかりに温かい重みを受け取る。
 
 「…………?」
 
 ゆっくりと片目を開けた。漆黒の瞳と至近距離で視線が絡む。
 
 「オレは、この前のこと、忘れる気も忘れさす気もないからな」
 
 一瞬、言われている意味を汲み取れずナルトは戸惑うが、その瞳は尋常ではないサスケの雰囲気にのまれて揺れる。
 
 「いまさらなかったことにできるなんて、本当に思ってたのかよ?」
 
 サスケの募るような声が上から降ってくる。
 
 落ち着け、頭冷やせって、と言いたくてもカラカラになった喉からは空気すら上手く通らない。
 頭部の下敷きになっている手が熱い。ちょうど二人の下敷きになった布団がひやりと冷えていた為、尚更その熱は存在を誇張していた。
 この手を知っている。あの、小さな小屋で自身を抱いた腕だ。
 頬に熱が集中するのが止められない。
 もう片方の熱い指が、頬を、唇を、喉を、優しく撫でていくその動きを知っている。それが生み出す、快楽も、覚えてしまっている。
 
 「ナルト……」
 
 そのいつもと違う声色だって。
 これからどうなるかも、あの快感さえも、何一つ忘れられていない。
 喉を滑る手に腰が震えるのが嫌で力を入れ、顔を背ける。
 暴れて抵抗しようなどという考えは微塵も起きない。この体勢になったらもう逃れられないことを身体が覚えてしまっていた。
 とうのナルト自身はそれに気付かず、サスケはそんなナルトの無意識的な反応に愉悦を感じて人の悪い笑みを浮かべる。
 
 「ナルト」
 
 語尾をかすれさせ耳元で低く囁くサスケに耳が温度を上げる。濡れた感触が降りてきて、腰のあたりがぞわぞわと騒がしい。期待などしたくもないのに、サスケに抱かれた時のことを思い出して芯が震えた。
 身体にかかる重みが増す。
 
 「ここ、好きだろ?」
 「…………っ!」
 
 布越しに、的確に弱いポイントを攻め立てる指に抗えない。熱に苛まれる。
 
 「サ……ぁっ」
 
 意志に反して弛緩しだした身体は思うようにならず、流れる黒髪に指を絡めてひくと、首もとでサスケが吐息で笑った。
 
 「お前よりお前の身体を知ってるオレから逃げられると思うか?」
 「ちょっ!サスケ冗談……っ!」
 「冗談なんかじゃない。オレがこの状況で冗談言うように見えるのか?」
 
 怯んだナルトの隙をついて浴衣の合わせ目からサスケの手が滑り込む。
 
 「わぁ!?だ、だからそうじゃねーだろうっつーの!わっ!やめ!オレが、言いたいのは、っそんなことじゃねくって、冗談にしたいっていう、か!ちょ、サスケ!」
 
 くそー!こいつわかってるくせに本当にムカつく!!
 
 「なんだ?ちゃんと言葉にして言ってくれないとわからないな」
 
 意地悪く片方だけつり上がった口角が憎らしい。そう思った次の瞬間にはサスケの顔は見えなくなり、頭部だけがなんとか視界の下の方に映る。
 
 「ぎゃっ!だ、から!…っ!う、んんっ……もう!待てってばよサスケ!!」
 「却下」
 「わ!ちょっと!?お前、オレってばちゃんと言葉にして言っただろ?なんで待たないんだってば、ぁっ!」
 「今オレは却下って言っただろ」
 「なっ!?言葉にして言ったらわかるって言ったじゃねーか!」
 「わかったから却下と返した」
 「こんのヘコリクツッ!!」
 
 なんの言葉遊びか。暖簾に腕押し、一向にケリの付かない押し問答。
 だが確実にナルトの状況だけは悪くなっている。
 呼吸が上手くできなくて、酸欠で頭がクラクラする。心臓なんか起爆札を見つけたときより激しく動いているのではないだろうか。
 
 死ねる。恥ずかしさとかぐちゃぐちゃしたなんかでマジ死にそう。
 
 さっさと手際よく慣らしてくれた男は既にナルトの腰を捕らえていた。
 なんでこんなに慣れてんだと、問うことはやぶへびだ。思い当たることなんてナルトには3ヶ月前のことしかない。それ以前のことにもし理由があるならば、なんだかそれは聞きたくない。
 
 「はっ、はぁ…や……、も、しぬっ……、こわれ、る…ばかサスあぁッ!」
 「憎まれ口たたけんなら大丈夫だ……はぁ。それに、これぐらいで壊れないのは実証済みだろ?」
 
 全部入れたぞ。と、勝ち誇ったように笑って言うこんな時でもお綺麗な顔に拳を埋めてやりたい。
 けれども、あぁ、いっそう壊れたちまえばお前、オレに抱かれたこと忘れなくなるか?と、そんな疑問系で続けられた言葉に勢いよく首を横に振ることしかできなかった。おかげで眩暈は酷くなる一方。耳鳴りも酷い。冗談だ、と喉をならして笑われてもその瞳の鋭さに嫌な汗しか流れない。
 
 「もう、絶対になかったことにしようとするなよ。ナルト」
 
 思わずさっきの延長上、勢いで今度は頭を上下に振って頷いてしまった。くらり、眩暈が更に悪化する。そんな頭でも、その後サスケがあまりにも嬉しそうに笑ったのを視界に捕らえて、こいつは確信犯だと理解はできた。少し後悔もした。
 それらは紛う事なき事実。けれど、この瞬間、その柔らかい表情に絆されてしまったのも、また事実。
 
 しょうがねぇな、コイツ。
 
 ナルトが心の中で呟いた言葉をサスケが聞いていたら、きっと眉間に皺を寄せてお前の方がな、と言い返していただろう。
 
 
 
 
 
 そんなこんなで絆されたわりに、翌日ナルトは朝早くサスケが起きる前に逃走。
 ナルトが観念しておとなしくサスケに捕まるか、サスケが諦めるか。
 起床後物凄い剣幕でナルトを追ったサスケから結果はもうわかっているのかもしれない。
 
 一度嵌ればなかなか抜け出すことができないのが、罠。
 上手く回収できるかは仕掛けた者の技量次第。
 
 
 
 
 
 
 08/01/11
 「ベタッベタに展開が予想できる話」というのがこの話のコンセプトでしたv
 なのでこの後の展開も皆様のお察しの通り進むハズ。笑
 ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました〜!
 
 |