| 罠は昼に仕込み、深更に掛けるべし 2
 
 うちは邸、ここが今のサスケの家である。大きな一軒家で、周りには人一人住んでいない。なぜならここは、とうに滅びたうちは一族の集落の中に位置しているのである。
 
 「相変わらず不気味なとこだってばよ」
 
 ナルトはここが苦手だった。特に暗くなってから訪れるのは初めてのことで、早くなった日の入りを恨めしく思う。
 全て片付けられ、弔われていたとてここで惨劇があった事実は変わらない。
 
 すみません。お邪魔します。お願いだから呪うのとかはマジ勘弁してくださいってば。
 
 幽霊関係の話が実は物凄く苦手なナルトはうちは邸の前で明かりを視界に入れたとき、ほっと強ばっていた身体の力を抜いた。
 
 「サースーケェ」
 
 気配は消していなかったので自分が来ていることは分かっているだろうと、ナルトは声を張り上げ開き戸を叩く。少し離れて待つと人影が映った。
 戸が開かれる音と共にサスケが顔を出す。
 
 「よぉ」
 
 どうやら既に休んでいたらしい。いつもと違って前髪がおりて少し乱れている。
 
 「あ、わりぃ。休んでた?」
 
 3ヶ月前のドウキン事件(未だに意味を理解できていない)が鮮明に記憶によみがえって、思わずサスケにドギマギしてしまい、何をしにきたのだと自分を叱咤した。
 
 「別に、昨日完徹でさっきまで任務だったからぼーとしてただけだ」
 
 そう言って欠伸を噛み殺すサスケはやはり疲れているように見えて、ナルトが今日は帰ろうかと逡巡していると、サスケに用件を言うよう促された。
 
 「あー……うん。いや、大したことじゃねーんだってばよ」
 
 自分で言っておきながら本当に大したことじゃない気がしてきて、注がれるサスケの視線に身体が強張る。
 
 一言、言っちまえばいいんだってばよ!
 
 そうしたらこんなこんがらがった状況が綺麗さっぱり片付くのだ。
 
 一言、一言言えば……
 
 「あの、さ……こないだからなんかオレら変じゃねぇ?そんなのオレららしくないっていうかさ!だから、こないだのこと全部忘れてなかったことに……」
 
 どこが一言だよ、と内心で自主ツッコミを入れる前にサスケに言葉を遮られる。
 
 「この間って?」
 「……えっ…………?」
 
 サスケを見るといつもと変わらぬスカした顔をしている。含みはなさそうだ。
 
 「……だからっ」
 「寒いな……」
 
 急な噛み合わぬ言葉にナルトが首を傾げていると、サスケが背を向けた。
 
 「入れよ、風邪ひく」
 「へ、あ……い、いいってばよ!」
 
 冗談じゃない。ここで会話を終わらせれば、多少気まずくなっても明日から普通に接せられる気がするが、このままズルズルいけばどうなるかナルトには皆目見当もつかなかった。
 なのに、サスケの姿は無情にも既にドアの向こうに消えていた。
 どうやら覚悟を決めるしかないらしい。
 
 なるべく生々しい発言は避けてサスケにこの間のことを思い出させることができますように。そんな虚しい願いを小声で唱えてナルトは後を追った。
 
 
 
 
 ***
 「おじゃましますってばよ……」
 「あぁ」
 
 玄関口で鍵を閉める閉めないの話しでサスケと一悶着を起こした後、ナルトは居間に通された。
 今からしようと思っている話題が話題なだけに、そういう普段ならば気にも留めない所に過敏になっている自分がいたたまれない。
 とにかく、話しが終わったら帰るんだからな。そう自分に言い聞かしてみるが、既に目の前に出された茶と干菓子に口をつけているナルトはサスケに絆されかけていた。
 
 「うめぇ〜!」
 「そうか。この間任務に行ったとこで売ってたから買ってきたんだ。やろうとしたのにてめぇが逃げたせいで渡せなかったから、ちょうどよかった」
 
 そう言って向かい側に座っていたサスケの顔が近付いてくる。
 
 え、なに?
 
 「粉、ついてる」
 
 ガタンッという音と共に熱いお茶が派手にぶちまけられたのは、ナルトが口角に湿った感触を感じた直後だった。
 
 「うあぁ!?!!わっあつつ……!」
 
 自分でも情けないと思えるような裏返った叫びのお陰で奇妙な間は空かなかったものの、この展開はひょっとして……
 
 「ウスラトンカチ!ここはいいからさっさと風呂場で冷やしてこい!!」
 「いや……いいってばよ、別に」
 「いいから、ついでに風呂沸いてるからつかってこい。着替え用意しとく」
 
 あれよあれよという間にナルトの次の行動は決められていく。この流れは確実にサスケの家に泊まる流れだ。思わず冷やした後に温めて意味があるのかと問いかけたかったが、そんな言葉さえ言う暇を与えられず居間を放り出された。
 
 「風呂場はあっちだ。迷うなよ」
 
 余計な一言に思わず喚きかえしたがきっと相手は気にも留めていないだろう。
 熱かったお茶は、寒い廊下に出たとたんに冷えて体温を奪う。このままでは風邪をひいてしまうと、ナルトは渋々風呂場へ向かって歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 08/02/10
 
 
 |