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 罠は昼に仕込み、深更に掛けるべし
 
 湯気に混じって肺に入る味噌とんこつの香り、こってりとした色のスープの上には白銀の油が浮き、それを絡めた黄色みがかった麺は艶を放っている。具材はスープに合わせて大きさが考えてあり、食感も絶妙。色のバランスも考慮されていて、麺の上に彩りよく並べられている。食べて食べて、と言わんばかりの輝きに、どんぶりを前にした客は皆一様に生唾を飲むのだ。ごくり、と。
 うずまきナルトは、論外どころかこのラーメン屋『一楽』の常連で大ファンだった。
 大ファンなのだが、今日はその黄金のどんぶりを前にしても気分がいまいち盛り上がらない。
 馴染みの客のその様子に店のおやっさんこと、テウチも心配して声をかけるが、たいしたことねーんだってばよ……の一言で敢えなく撃沈。
 己の不甲斐なさに消沈した様子のテウチさんは、それでも娘のアヤメさんが見守る中、密かにナルトのどんぶりにチャーシューを足してくれたりする。
 そんな気遣いにナルトが漸く笑顔を見せると、どこかほっとした雰囲気があたりを包んだ。
 
 
 
 「あ〜……もう、オレ!しっかりしろってばよ!!」
 
 チャーシューの後も至れり尽くせりで、最後には頑張れよボウズ、と声までかけられた時点で、ナルトは漸く自分が自覚しているより気持ちが追いつめられていることに気がついた。
 原因はわかっている。
 あの3ヶ月前の長期任務だ。
 3ヶ月前、ナルトはうちはサスケとマンセルを組んで里外の長期任務にあたっていた。潜伏場所は狭く小さな小屋で、寝る場所も一人がベッドで一人が間に合わせで置かれたようなソファーだった。
 任務なのだから寝心地などに文句は言わないが、長期ともなってくるとちょっと不満に思う時だってある。
 しかも今回は情報収集の時しか外に出ることは許されず、それも大概夜にするので寝終わった後は結構暇だったりするのだ。
 小屋の中は閑散としていてすることがない。だからサスケと会話しようとするのだが、向こうの返答はあっさりしたもので思うように続くし例がなかった。
 となると、ナルトに残された手段はいちゃもんをつけてサスケに突っかかるという至ってシンプルなものしかなかったのだ。
 そう、あの日も確かそんな感じでやってしまった。
 今でこそ浅はかでしたと十二分に反省しているのだが、あの時はせっかく相手がいるのに構ってもらえないつまらなさが勝ってしまったのだ。いや、正直に言おう。サスケのやつがスカした顔をしている横でなぜ自分だけ暇さ加減に苦しまねばならない。マンセルなのだから苦楽も一緒。暇でしょうがない相方の相手をするのが相方ってものだ。
 で、やっとこさ本題。何をやらかしたかというと、だ。別にたいしたことはしていない。ちょうど任務が始まってから3ヶ月が過ぎ去ろうかとした時に、さっきのような不満とも言えない不満をサスケにぶつけたのだ。
 
 『オレ、今日もベッドで寝たいー』
 
 これが呪文の一言だった。この言葉と共にナルトは既にサスケが寝ていたベッドへダイブした。ベッド自体たいして寝心地がいいとは言えなかったのだが、一応交代で使用することになっていた。その日はちょうどサスケの日で、だからこそナルトはそんな突っかかり方をしたのだ。
 そしてそんなナルトに、サスケは全くもって容赦がなかった。
 そうか、いいぜ。ちょうどオレも溜まってきてたんだ。同衾してやるからヤらせろ。
 なんとも身も蓋もない言い方である。が、ナルトにはまずドウキンの意味がよく分からなかったので、ヤらせろの意味もちゃんと理解できなかった。とりあえずサスケが自分をしっかり見ていることを確認し、胸中で勢い良くガッツポーズをした時には唇は奪われ、真っ白になった頭が機能し始める頃には引くに引けない状況になっていたのだった。
 合掌。
 そこから先は言うまでもないだろう。
 ただ、思っていたより内心暇だったらしいサスケが味をしめてその後も画策し、残り3ヶ月いい思いをしたことだけはしっかり追記しておく。
 
 そんなわけで今に至る。
 ナルトの憂鬱の原因は至って単純明解。うちはサスケだ。
 任務が終わった後は普通に接するつもりだったのにうまくいかないのだ。やっている最中は、なぜ自分が女役なのかという不満はおいておいて、ただ単なる性欲処理だと一応納得していた。狭い部屋の中、相手の前で自家発電することができなかったサスケの意もナルトはくんでやらないこともない。
 だから煮詰まってああいいうことをしたことにもナルトは目をつぶったはずなのに……
 
 「はあぁぁ……」
 
 なんでヤられたオレよかアイツの態度が変わってるんだってばよー!
 任務から帰って変わってしまった相方を思い浮かべてナルトは力の限り脱力した。(つまりは脱力などできていない)
 あの任務からこっち、サスケはおかしいのだ。家に帰ってきたのだから一人で抜くことも、誰かとどうにかすることもできるはずなのに、たぶん抜いてないんじゃないだろうか。
 その証拠に、ふとした瞬間にナルトを見つめているその漆黒の眼が、見覚えのある濡れた色に染まっている。それだけではなく、今までほとんどサスケからはなかったスキンシップが増えた。気付けばサスケの手が腰に回され、やたらと顎元を掬われて唇を軽く撫でられる。ナルトは小屋でのことがあったので、嫌でもサスケのそんな行動にいちいち過敏に反応してしまった。
 最近ではそんなナルトの反応をサスケは楽しんでいる節があるので、質が悪いことこの上ない。
 
 サスケのやつ、どういうつもりなんだってばよ!
 
 意図が分からないために逃げ腰になってしまう自分を叱咤しつつもサスケを罵る言葉が次から次へと浮かび、けれどもそれだけで、いい加減儘ならない状況をどうにか打開したい。
 このままいくと何か得体の知れないものに巻き込まれそうで、ナルトは悪寒を振り切るようにプルプルと頭を振った。
 
 「あ、そうだってばよ!」
 
 物理的な脳への刺激のおかげか突如浮かんだ名案にナルトは大きく頷く。
 
 「よしっ!そうと決まったらさっさと行くってばよ!」
 
 分かりやすい解決方法にナルトはにんまりして今まで家に向かって歩いていた道を翻した。
 
 
 
 
 
 
 08/02/09
 前回の『罠は夜に仕込み、朝方に掛けるべし』の日記の続き妄想に、続きが読みたいですというお言葉をもらってできたお話です。
 ベタすぎて書いていてめちゃくちゃ楽しかったですvv
 
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