朝早く受け付けに行く前に、少しでいいから私の話しを聞いてくれない?
そう昨夜遅く尋ねてきた彼女は言った。
なんなら泊まっていく?デコリン、そんないつもなら怒って言い返してきたであろう自分の軽口を気にもとめず、意味深にもう少し考えたいから、と言ってあっという間に闇に消えてしまった。
どうせあの親友を悩ませるのは元マンセル仲間の二人の男しかいないのだと思い、滅多にない友人の頼みを叶えてやるために早々に床へと入ったのが昨夜の話。
現在窓の外の暗闇は薄闇へとかわり、その中から光りが滲みだし始めている。無事に約束は果たせそうだ。
だいぶん肌寒くなってきた気温に身体を一度震わせ、肌触りのいいガーゼ生地の布団を横へとやった。
さあ、どんな話しが聞けるのか。好奇心半分、厄介事になるかもしれないという不安半分。
山中いのは明らか前者がまさったかのように、口角を上げて金の髪を凛とした空気の中になびかせた。
罠は夜に仕込み、朝方に掛けるべし
「だから、ね!どうにもおかしいのよ!!」
どうして分からないの?とでも言いたげな翠のきつい双眸がいのに向けられる。
「だってあの二人の関係がおかしいのは今に始まったことじゃないじゃない?今更って感じだわ」
手を広げて首を傾げれば、サクラは欝陶し気に顔にかかる桃色の髪をかきあげ、同意の溜め息を一つ、ついた。
「三年前、確かにアンタもサスケ君を奪還するために躍起になってたけど、それはアンタにサスケ君に対する恋愛感情があったからだって説明できる。だけどナルトのやつはそんなアンタを上回るほど躍起になって、結局アイツがサスケ君を連れ戻しちゃったんじゃない。恋する女の乙女心を超える力、それってどんな心の底力よ?って思うけど、男の、特にコレはナルトとサスケ君に限るけど、その友情には私たちに理解できない深さと複雑さがあったのよ」
よくもここまでスラスラと言えたものだと、いのは普段からの自分の舌のすべらかさに満足の息をついた。
そうなのだ。今更あの二人の関係がおかしいと言われたって、本当に今更だ。それを彼女は私なんかよりよく知っているのではないか。なのにサクラはこの前二人がツーマンセルの長期任務から帰ってから雰囲気がおかしいと言い張る。それは昔彼女が話していた過去における他国での任務の時と同じようなことではないだろうか。別にサスケが再度里抜けしようとしないかぎりそこまで重大な問題とも思えない。
「だいたいねぇ、サクラ〜!ナルトのやつのサスケ君に対する態度がおかしいとしてもサスケ君はいつも通りなんでしょ?」
じと、と効果音がつくような目付きと共にサクラがちゃんと話し聞いてる?と額をおさえた。
まるで全く状況を理解していないと言われてるようで少し腹が立つ。
「だから私『関係』って言ってるでしょ?サスケ君の態度もおかしいの。いつも以上にナルトに構いたがる上、それを隠そうともしないのよ!ナルトはナルトでサスケ君にビクついて逃げ腰状態。こんなこと、初めてだわ」
サクラは何か確信を持ってある結論を導き出したようで、段々目がすわりだしていた。
「ねぇ、半年だったのよ」
唸るように吐き出した言葉に、ああ二人の任務の期間か、といのは頭の隅で納得する。
「半年間、二人っきりで情報を探るために小さな小屋に潜伏していたのよ」
18の男が、たった二人、で。
噛み締めるように、一語一句しっかりと囁かれたサクラの言葉にいのは唖然とする。
「…………。(チ―ン)」
なんか、今きたわ。
いののバックに強制的に小宇宙が広がった。
小さな小屋。任務がどんなものだったかは守秘義務があるからよくは分からないが、なにせ潜伏なのだから外で好き勝手できるはずもないだろう。ナルトとサスケの寝床は別だったとして、部屋は確実に同じ。
下世話な想像が頭に浮かびいのの顔が赤くなったが、サクラの神妙な顔を見て今度は青くなる。
「アンタまさか……!」
「そのまさかよ、イノブタちゃん」
漸く理解者を得たと思ったのか、サクラは表情を緩めて軽口すらたたく。
「ま、まあ確かに有り得ないことじゃあないわね……あのナルトのやつの執着心はただごとじゃあなかったし、今の状況から考えたら、抱かれたのはナルトか……」
冷静を装おうとして言った自分のあまりの言葉に声が裏返る。
ちょっとまて、私ここまで考えてなかったわよ!?
勝手に言葉を紡ぐ口に焦るいのなど気にも留めず、サクラは同意の言葉を発する。
「たぶんね……いのはあんまり実感がわかないかもしれないけど、あの子サスケ君になら身体すら捧げても構わないぐらいサスケ君のことが好きみたいだっだし」
自分とは正反対にすっかり落ち着いてしまったサクラが憎らしい。なぜか口元に手をやって考える様は知的で、キラキラと輝きだしたようにさえ思える。本当、この班の内情は昔からさっぱりだ。同じ班だった男の口癖が頭の中に浮かんだ。
「ナルト相手なら、サスケ君が切羽詰まった状態でコロリといってもしょうがない気がするのよね〜。悔しいけど本当に綺麗になったもんアイツ。寝てたらつくりものみたいだし」
しん……とした空気が張り詰めた後二人はかわいた笑いを漏らした。
「あはははは、アンタ考え過ぎよ〜!そんないらないこと考えるからデコが広くなんのよ〜」
「あはは、そうかもね〜!けどそいうわけでも……」
言葉の途切れたサクラの視線の先。まさに噂の人物の片割れ、うずまきナルトがずるずると道を歩いていた。
なんでこんな早朝に。
ひくり、と奮えた口角をいのは無理矢理押さえ込んだ。
「……ナルト、こんな朝早くにどうしたの?」
勇猛果敢にも隣のサクラがナルトに声をかける。
「あ……サクラちゃん、に、いの……なんでこんな朝早く?」
それはこっちのセリフよ、と返すサクラにナルトわかりやすいぐらい動揺を示し、やがて観念したように話し出した。
「最近サスケと喧嘩……みたいなものしてて、それで昨日の夜ちょっと話しにいったんだってばよ」
声にいつものような覇気がなく掠れていて、目は泣き腫らしたよう赤くなっている。そして纏う雰囲気が明らかにいつもと違った。けだるい、色気すら漂う濡れた碧。
コイツ、こんなにいい男だったっけ、という思いが一瞬頭を掠めたものの、先の今でそんな悠長なことを考えてる場合ではなく、ナルトに一体何があったんだと冷静に考える前に思考が勝手に暴走してこれはやっばりそうなのかと、いのは心の中で叫んだ。
「それで仲直りはできたの?」
途端火がついたようにナルトの顔が赤くなり、歯切れが浚に悪くなる。
「よく、わかんねェってば……アイツ何考えてるんだろ……」
サクラの方を向いたまま、ナルトが肩を落とす。
金の髪の襟足がさらりと動いた。
あ……
この一瞬、いのはサクラの考えに確証を得た。
どうやって宥めたのかいのが唖然てしている間にナルトはその場を和んだ笑顔で去り、サクラはくるりといのを振り返った。
「サクラ……あんた見た?」
「何を?」
「うなじにくっきりつけられたキスマークよ」
まるでコイツの所有者はオレだと言わんばかりの、はっきりとした朱の印。ナルトは気づいていないのであろう。ハイネックの襟元からギリギリ見えるラインにつけられているそれが相手の意地の悪さを明らかにしていた。
こんなかっこいいことをしてくれるのはやはりあの男しかいない。
「やっぱりそうなのね」
同じ思考に至ったらしいサクラはふむ、とだけ言って全く動揺をみせない。
相談にきた昨夜はもっと切羽が詰まっていた気がしたのに。
ひょっとして……
「サクラ、アンタまさか……」
「え、何よイノブタちゃん?」
やけにすっきりした爽やかな笑顔。
サクラに向かって立てた人差し指がわなわなと震えだす。
「アンタ……!本当は知ってたんじゃないのーー!?私を巻き込むためにわざと事実を知るように仕向けたんでしょ!」
「や〜ねぇ。そんなことあるわけないじゃない!」
そう否定するわりに、ぎゃーと叫んで頭を抱えるいのを横目で見ているサクラはとても嬉しそうだ。
カラコロと笑う彼女に親友はとんだ怖い女になったものだといのは脱力した。
余談であるが、数ヵ月後には当然のようにこの事実の共有にシカマルら元10班が巻き込まれ、その被害が浚に拡大していったことは言うまでもないことだろう。
07/11/23
ベタな話が萌えるんだ!といってできたお話。
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