| ひとつ、またひとつ、枯れ葉が積もるように、嫌な感情が降り積もる。
 ひとつ、またひとつ、この秋の雲のように、流れて消えてしまえばいい。
 
 ある日、その枝のような色をした枯れ葉の降り積もった地面に、紅葉の葉が一枚落ちているのに気が付いた。そんな感覚。遠めからでも、視界の端にとまって、艶や過ぎる残像がこびりついて離れない。
 
 
 
 
 心恋紅葉(ウラゴイモミジ)
 
 
 
 たまたま練習場でばったりと会って、お互い知らない振りをしながら修業に励んだ。
 気にしていない振りをしながら意識をしまくっているのはお互いにバレバレで、競い合うように隣で自分の修業をする。
 真昼だったはずの紺碧の空はいつの間にかその深みを増して、月光が射すようになっていた。
 流石に休息も取らずに酷使した身体は悲鳴を上げている。
 寝転がった背中にあたる地面と秋風が冷たくて気持ちいい。汗で額に張り付いた髪を風が優しく撫でていった。
 
 
 
 「おい。」
 
 閉じていた目を開けると、上から自分を覗き込んでいるサスケと目が合う。
 
 「帰らないのか」
 
 律義なヤツ。
 ナルトは心の中で笑った。サスケの優しさがこそばゆい。
 
 サスケは普段無愛想なのに、実は細かいところまで気を使っていることを、ナルトは知っている。
 
 基本的に、やさしい人間だと思う。
 
 口は悪いし、気障だし、顔も成績もいいし、ほんと気に食わないヤツだけれど、サスケの実は努力家なところと優しさは、認めてやってもいいとナルトは思うのだ。
 
 じっと見つめてくるナルトにサスケが不信気に眉を寄せる。
 
 「あ、うん。帰るっ」
 
 急いで答え、サスケが自然に差し出してきた手を掴んで立ち上がる。
 向こうは意識せずやったのだろう。ほんと、気障なヤツ。
 それがサスケの無意識の優しさだとわかってはいるけれど、ナルトは心の中で憎まれ口をたたいてしまう。
 
 サスケは優しい。サクラちゃんも優しい。カカシ先生、イルカ先生も、三代目のじいちゃんも。シカマル、キバ、チョージ、ネジ、ヒナタ、ゲジマユ、いの……みんな、みんな、優しくて、すき。
 
 その優しさは、心の中にある幼い頃から巣くう嫌な感情、枯れ葉のように積もってしまった感情を、燃やして炭にしてくれる。
 
 貸してくれた手を離す。離れた箇所からひやりとした空気を感じて、指が名残惜し気にサスケの手を撫で、離れた。
 
 「手、サンキュな」
 
 くしゃっとした笑顔になった。
 失敗だ。
 
 それをしっかり正面から見たサスケは凄く変な顔をした。
 なんだよその顔は、と問う間もなくサスケは向こうを向いてしまう。
 ちょっと寂しくなってポツリと地面を見ると、左手にさっきの温もりがそのままあって。急いで顔を上げたら、変な顔をしたままのサスケが振り返っている。
 
 「行くぞ」
 
 嬉しくて、言葉が出なかった。
 少しぼやけた視界を悟られたくなくて二度頷き、顔を伏せたままにする。
 
 
 サスケと無言で夜道を歩く。
 鈴虫が、そこらかしこでリンリンと鳴いている。金木犀の香りが鼻をくすぐり、まるで夢の中にいるようで、その上しっかりと繋いだ手から伝わる体温が、余計に現実感をあやふやにするのに拍車をかける。
 
 ナルトはふわふわとした気持ちで歩いていた。
 そして夜道の暗さと修業の疲れが手伝い、結果、何かに躓く。
 
 「ぎゃあ!!」
 「っ!?」
 
 叫んだのと何かにぶつかったのは同時だった。
 ナルトはとっさにサスケと繋いだ手を引き、一緒に仲良く転ぶ。
 
 「ってて、わりぃ。サスケ……」
 
 自分の下に地面ではない柔らかさを感じて急いで謝る。
 
 あ、なんか柔らかい感触。
 ナルトは顔の下にある柔らかな感触にふと、疑問をおぼえた。
 
 アレ?これは、服じゃなくて……肌の感触?
 
 急に火がついたように顔が熱くなる。
 転んだ衝撃で無意識に閉じていた目だが、今は意識的に開けられない。
 サスケは何も言わない。
 
 どうしよ……
 
 結局じっとしていることができなくて、ナルトは恐る恐る目を開け、後悔した。
 目の前にはサスケの漆黒の瞳が不自然なほど近くにあり、予測するには、たぶん。
 
 オレの口がサスケの口の隣にくっついてて、サスケの口がオレの口の隣に……
 
 考え終わる前に急いで身体を離してもう一度サスケに謝罪する。
 幸い、昔みたいに口と口がくっついたわけではない。
 キスでは、決してない。
 
 「あははー、どじったってばよ。ごめん」
 「このウスラトンカチ!忍者が躓いてんじゃねぇよ」
 
 お互いギクシャクと音がなりそうな動きで立ち上がる。
 
 そして、今度は少し距離を置いて二人で歩いた。
 自業自得といえど、やっぱり少し寂しい。
 
 無言のまま歩きつづける。サスケがたまに、下を向いている顔を上げて斜め前の空に視線を投げる。
 そうやってこちらの気配を気にしているのだ。
 なんだかおかしい。
 思わずといった感じでナルトが笑いを漏らすと、サスケがバツの悪そうな顔で振り返った。
 月明かりで照らされたサスケの頬が赤い。
 
 「なんだ?」
 「べっつにぃ〜」
 
 笑いながら歩く。
 案外サスケの後ろで歩くのも悪くない、と思った。
 
 そこからは少し他愛のない話しをした。ちょっとした言い合いが耳に心地いい。たまに振り返るサスケの瞳が思いの他優しいことに気付いて、顔が赤くなるのをごまかすためにバカなことを言ってみたりした。
 
 そうやって楽しい時間は過ぎて、とうとう別れ道に来てしまった。
 サスケは左、オレは右。
 楽しい時間は本当にすぐに終わってしまう。
 サスケと過ごした時間が楽しいと思った自分に驚きつつ、それもたまには悪くない、とナルトはまた思った。今日は悪くないと思うことばかり。
 
 「じゃあな」
 「あぁ」
 
 短い挨拶を交わし、道を別れる。
 一人になると、とたんにとても寒くなった。そしたらさっきのハプニングで感じた唇の端の熱が思いだされて、急激に体温が上昇する。
 
 どうしよ、どうしよ……
 アレはキスじゃないけれど。
 
 おずおずと後ろを振り返ってみる。
 
 
 サスケの黒い瞳と、目が合った。
 サスケも同じことをしていたようだ。
 目が合ってすぐに自分は前を向いたから、今サスケがどうしているのかはわからない。
 まだ、こちらを見ているだろうか。
 なんだか今日は心がくすぐったい。とくん、とくんと心臓の音がする。
 サスケと一緒にいるのも結構悪くない。本日三度目となった言葉を心の中で呟いて、ナルトは頬を緩ませた。
 
 
 
 
 心の枯れ葉の地面に赤い紅葉が落ちた音を聞いた。
 
 秋のある日の闇のなか、ひとつ、小さな何かを見つけました。
 
 
 06/11/04
 一部、下忍。 秋の話。
 
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