夜の寝床


すっかりサスケの作った料理を平らげ、先に風呂を終えたナルトが腹を出して布団に転がっていた。
傷一つない綺麗な筋肉のついた腹がさらされている様は、同じ男だと分かっているのになぜか落ち着かない気持ちにさせられる。
台所から漂うおなじみになった甘いアンコの臭いは、サスケに胸焼けこそ起させるがリラックス効果は露ほどもない。
風呂から出てきたばかりでまだ寝れている髪を丹念に拭いながら、サスケはナルトが転がっているベッドへ腰かけた。

「あ〜あ。サスケが毎週くるなら新しい布団買おっかなぁ」

ギシリとサスケの体重を受け止めた音に混ざって不意に言われたナルトの言葉に思わず焦ってしまう。

「……なんで?」

反射的に出そうになった声をなんとか抑えてから、慎重にいつものポーカーフェイスを装って聞き返した。

ナルトに自分の中にある違和感を感じとられたのだろうか。いや、そんなはずはない。自分ですらまだこのナルトへ向かう感情が何なのかを認めたわけではないのだから。
サスケの背中を恐怖に似た感覚がひたりと這った。ナルトが離れていくかもしれない、ただそれを考えるだけでどうしようもないくらいに胸が締め付けられて苦しい。

「……なんでって!……おまえ、なぁ……」

そんなサスケの不安を気にも留めず、ナルトはサスケを諦めにも似た色で見やった後、ついで盛大にぐわーと叫んで頭を抱えだした。
それからナルトは、なんでの前に布団代の心配するだろフツー!ってか二十歳もくる男が二人で一つのベッド使ってるんだってばよ、と一気にまくし立ててから大きく溜め息を吐く。
このナルトのベッドは大の男二人で一緒に眠るには、狭くて寝返りをうつのも一苦労だし、ベッドから落ちるという危険性もあった。
けれどそれだけだ。その程度の負担や、ナルトの言う常識などサスケを止めるストッパーにもならない。
確かに先に布団代のことを気にしていなかったことに対して突っ込まれたことには心臓が嫌な音を奏でたが、危惧していたようなことをナルトが言い出さず、寧ろ照れ隠しのように赤くなって怒鳴るので、サスケは気を取り直して髪を拭い終えたタオルを洗濯籠に投げ入れて身体が冷える前にと布団に潜り込んだ。

「わわっ!」
「今は冬だから、この方が温かくていいだろ。その方が合理的だしな。」

ナルトに自覚しつつある気持ちを悟られたわけではないと分かった途端にするりとそんなことが言えてしまうのだから、我ながら貪欲というか抜け目ないというか。
さっさと瞼を下ろした瞬間、ん、とナルトが声を漏らした。

「ど、うした?」

鼻にかかった吐息のような音にいらぬ感覚がサスケの下腹辺りを震えさせたので、もぞりと動いて感覚を誤魔化す。

「なぁ、サスケ……オレのシャンプー使った?」
「あぁ。使うってちゃんと声かけただろ?」

何かいけなかったか、とサスケが問うと、ふ〜ん……とナルトが目を細めて思案気に呟く。

「なんだよ……」

少し不安になってもう一度聞くと、ナルトが首筋によってきて、すんと鼻を鳴らした。

なッ…………!?

予想外の展開に声も出ない。
今では随分見慣れた月を溶かしたような色の柔らかい髪が、顎や頬に当たってくすぐったい。くらりと目眩すら感じた。ナルトが近い。きっと、今までで一番。
これが好機とでもいうように感覚が貪欲にナルトの存在を感じようとして神経が研ぎ澄まされる。感じる度に心臓は強く、早く脈打っていった。

「なんか、オレと違う匂いみてぇ」

サスケの匂いがする……そう緩慢に耳元で呟かれた言葉に、サスケの心臓は最終警告のように一段と大きくドクリと嫌な音をたてて硬直した。

オ、オレの匂い……?

「く、くさいか?」

思わず恐る恐る聞くサスケに、ナルトは眠たくなったのか目をつぶったまま口を開いた。

「ん〜ん。なんかいい匂い」

ほやんとした柔らかな声の後、数秒とたたず規則正しい寝息の音が続く。

「なんなんだ、こいつ……ッ」

ついさっきまであんなに騒がしかったのに今では幼い顔をして夢の中だ。
一定の健やかな呼吸音に緊張で強張った身体から漸く力を抜く。
それからちょっと罪悪感にかられつつも、サスケはナルトから少し身体を離してからその首筋に顔を埋めてみた。
すん、と息を吸う。確かに香りが違う気がする。これはナルトの匂いだ。
……だけど。

「おまえの方がいい匂いじゃねぇかよ」

ぽつりと呟いた独り言に赤くなって、サスケはナルトから更にもう少し身体を離してから目をつぶった。
当分再度早さを増した心臓の音が五月蝿くて眠れそうもなかった。




09/01/26
現代パラレル、大学生。