なぜ上手くいかないものなのか。

降りしきる雨の中、ふらつく足どりで駅のホームから見えた近くの公園に向かう。時刻はもう12時を回ったところだろうか。電車はさっきのが最後だとアナウンスで流れていた。
雨水で靴はぐしょ濡れになり気持ち悪いことこの上ないが、酒で火照った身体にはこれぐらいが調度いいと思った。
しかし雨の微妙な刺激は嘔吐感を刺激し、それをやり過ごすためにサスケは瞳をきつく閉じる。

「飲み過ぎたか……」

目を閉じると先刻会っていた彼女の顔が瞼の裏に浮かんだ。

『あなたは私のことを本当に愛してなんかいないのよ』

そんなことはない、と思う。
多少なりとも好きという気持ちがなければ自分は付き合わないし、三ヶ月ももったりしない。
世の中には三日で別れる人間だっているのだから、充分に愛はあったはずだ。

「くそっ…!」

なぜか自分は恋愛事に向かないようだ。
前の彼女も、その前の彼女も、別れるパターンはいつも同じ。

口裏とか合わしてるんじゃないだろうな……

ちょっとした人間不信だ。

『もう疲れたの。あなたのことは今でも凄く好きだけど、一緒にいればいるほど淋しくなる。』

声の綺麗な、髪の長い女の子だった。
整えられたピンクのネイルの放つ光沢が、カウンターの上を所在無さ気に揺れる指に合わせて形を変える。
酒の影響か、脳内は壊れたビデオデッキのごとく先程のでき事を巻き戻しては再生していく。

走馬灯じゃあるまいし。

急に冷えを感じた身体にサスケは端正な眉を寄せ、再び歩き始めた。

冗談じゃない。




夜の公園


角に公園の柵が見えるころには、雨はもうほとんど止んでいた。
雲は凄い勢いで飛ばされて、今では星がちらほらと見える。

「もう終わりかよ」

風の冷たさにぶるり、と震えながらも、止んでしまった雨に対して強がりだけは口にする。
公園の入口から馬の乗り物と目が合い、少しバツの悪い思いを感じながら一歩踏み込んだ。



雲から月が覗くのとそれが見えたのは同時だった。

初め、それは黒い塊にしか見えなかったので、サスケは次はロバかポニーかと、先程の馬の遊具を思いだして近づいていっていた。
さっきのヤツの親戚なら面ぐらい拝んでやろう、という軽い気持ちだった。まぁ、要は酔っていた。

サスケがあと3メートルというところまで来た時、一際強い風が吹いた。
サスケとその黒い塊の上に伸びていた大木の葉から、ボタボトと先ほどの雨で蓄えられた大粒の水滴が落ちる。

「うわっ!痛ぇ!!」

酔っていたせいか、その衝撃が何かすらあまり理解できずに大きな声で叫んでしまった。ご近所の方々すみません。

すると、さっきのロバだかポニーだかの遊具がこちらを振り返ったのだ。
黒い塊は遊具ではなく人の形をしていた。そいつはこんな時間に人がいたことに驚いたのか、立ち上がって半分こちらに身体を向けたまま固まってしまった。月が完全に雲間から抜け出す。
そして、こちらも負けず劣らず固まった。

だってなんだアレは。
人間か……?

月の光を一番に受ける髪は、その光源と同じ色をして淡く光り、その下に見える肌は透き通るように白い。

何よりそれの瞳の色に、サスケは言葉を無くした。

見開かれた大きな瞳は水を湛えてキラキラと輝いている。
月光を受けてその瞳は、始め湖面のようなライトグリーンに見えたが、違った。

青だ……

まるで地球を二つ嵌め込んだような双眸にサスケは魅入る。
数秒だったか、数分だったか過ぎたあとに、漸く口を開いたのはその月の化身のような青年だった。

「アンタ、誰……?」

声はまだ幼さを残しており、通りがいい。

「オレは……」

答えようとした声に相手はビクリ、と震える。

「なんだ?」

サスケが訝し気に見やると、それに促されて答えが帰ってくる。

「に、人間じゃないのかと思ったから……」

答えが返されたことに驚いたのだと、ぼそりと囁かれた言葉にサスケは面食らった。

それはこっちのセリフだ!!!ウスラトンカチ!!

後ろめたさの残るその声色に感情を感じ、サスケは呪縛から解かれた。
どうやら緊張で固まっていたらしい。
目の前の人物は言葉を発する前は無機質な感じがして、本当にこの世のものとは思えなかった。
まるで、自分が動いてしまうとその空気の動きで掻き消えてしまうような、儚い存在に見えたのだ。

だが、声を発した瞬間、人形に命が吹き込まれたように、不安定だった存在が確かなものになった。

サスケはまだ緊張で固くなっていた拳を開き、一呼吸してから話しかける。

「それはこっちのセリフだ。オレはうちはサスケ。おまえは?」
「う、うずまきナルトだってば!!」

再度言葉を発したサスケに人間であると確信して安心したのか、うずまきナルトという青年は屈託のない子どものような笑顔をサスケに向けた。

こっちの方がさっきの人形みたいな雰囲気より断然いい。

その笑顔に、心持ち頬が熱くなった気がするけれど、酒のせいにして質問を続ける。
なぜだろう。オレは、もっとコイツのことが知りたい。

「こんなところで何してるんだ?」
「それこそこっちのセリフだってばよ!!こんな時間に雨の中、しかも男一人公園に来るなんて……も、もしかして、変態?」

自分の言った言葉にはっとして上目使いで恐る恐る見上げてくるナルトに素早く近づいて、サスケはその頭を思わず殴っていた。
ナルトの背はサスケの背より頭一つ分ほど低いようだ。とても殴りやすかった。

「このウスラトンカチ!!!お前も同じだろが!!」
「痛ぇ!」
「で、なにしてたんだ?」

明らかに非難の目を向けているナルトを他所にサスケは憮然と質問をする。

しばらくウスラトンカチってなんだってば、とか、初対面の人間をフツー殴るか、とかブチブチ文句を言っていたが、やがて諦めてボソボソと話しだした。

「フラれたんだってばよ」
「はぁ?!」

余りにも予想外の言葉に素っ頓狂な声がでる。
それって……

「あ〜あ、なんで初対面のやつにこんな話。もういいけどさ」

拗ねたようにナルトは唇を尖らす。
おいおい、それってまるで……

「要するにオレは今日彼女にフラれて、落ち込んで、夜中の公園で一人うなだれてたんですー」

まるで

「同じだ……」
「はぁ?!」

今度はナルトが素っ頓狂な声を出す番だ。

「オレも……オレも今日フラれて、それでなんとなく……駅から見えたこの公園に来たんだ……」

こんな話、普段なら他人にしたいとも思わないけれど、コイツならいいか、と思う。
ナルトはしばらく茫然とした後、小さく身体を震わした。

「ぷっ!!あはははは!!!すげー!オレ達おんなじ?」
「みたいだな」

女の子にフラれたくせにやけにかっこつけて片を竦め、眉を寄せているサスケにナルトは余計に笑いを誘われているようだ。
笑いが止まらなくて息が上手くできずにゼェゼェいっている。

この失礼な奴をどうしたものか、とサスケが思案していると、その不穏な空気を気にも留めないナルトにぐいっと腕を掴まれた。

青い瞳が間近に迫る。

「家近く?」

笑いをなんとか抑えながらナルトは問う。

「いや、ここから電車で三駅分ぐらいだ」

駅で数えると少ないが、歩いて帰るにはしんどい距離である。

「そっか。オレの家すぐそこ!もう電車ねぇだろ?このままじゃあ風邪ひくからサスケオレんち来れば?」

余りにも無防備なナルトの言葉にサスケは驚く。今出会ったばかりの見ず知らずの赤の他人を泊めるなんて正気だろうか。そして……

「……いいのか?」

そう自然に聞き返している己も。

「いいから言ってるんだろ?早く行こうってば。オレ、寒い」

人懐っこい笑みで言われれば、サスケに抵抗する気などおきなかった。

むしろこちらとしては、願ったりな話だ。正直寒くてさっきから歯がカチカチ音を起てている。どこでもいいから、部屋の中に入ってこの濡れて冷たく重さが増した服を脱ぎたい。
それに、正直もう少しコイツと居たかった。

「わかった。邪魔する」
「おぅ!」

本当に嬉しそうに笑うナルトに腕を引かれ、入って来た場所と同じ入口に向かう。
月は完全に雲から逃れ、その道を煌々と照らしていた。






公園を出る時に、サスケの視界の端に馬の遊具が映った。

公園に入る前の自分を見ていたあの馬は今の自分を見てどう思うだろう。
なんとなく、またバツの悪い思いを感じた。
馬鹿馬鹿しい、遊具は遊具。何も考えてなどいない。
視界を移動させると公園の看板が目にはいった。

『お馬の公園』

なるほど、斜め前で揺れる金髪を眺め、サスケは一つ頷く。
確かにロバもポニーも存在しなかった。
居たのは馬の遊具と、月の化身のような青年がひとり。



06/11/12
年は大学生ぐらい、現代パラレル。
この後サスケはナルトと親しくなって、ナルトを好きになっていけばいいです。
それでナルトと喧嘩をするたびにサスケは馬の遊具に愚痴をこぼしにくるんだよ。
そのうち馬の遊具に名前とか付け出すんじゃないかな(痛っ!)