昼 夢


温かい、気持ちいい。
こんなの久々だってばよ……

心の芯がふわふわとした温かさに包まれている。これを人はきっと安らぎと呼ぶのだろう。
もうちょっとこのままで……そう、思ったナルトの気持ちを読んだように、ナルトの肩にポンと手が置かれた。

「ナールト」

少し間の抜けた声。
悪意がないのだけ感じとって、ナルトはむずがる子どものように首を振った。まだこの感覚に浸っていたい。
すると、そんなナルトの心中を察したように声の主がくくっと喉を鳴らして笑ったのが聞こえる。おまえ、本当サスケのことになるとそれなんだから、苦笑混じりのそんな言葉まで聞こえてきた。

サ、ス、ケ――?

薄目を開ける。
白い光が入ってきて、思わず眩しさに目を細めた。
少し時間をかけて、もう一度目を開ける。
目の前にいたのは、

「あーーっ!カカシ先生!」
「よっ」

相変わらずの緩いオーラを出した上司だった。

「よっ、じゃないってばよ!オレ今すっげー大変なのにーー!」

そうかそうかとヘラヘラと返してくる上司は全くナルトの様子に構っていないようだ。

「で、どう大変なの?」
「え……?」

突然の質問にナルトは固まった。

どう、大変か……?

「……。」

先程の気の抜けっぷりが嘘のように鋭い真っ直ぐな視線がナルトに向けられる。

なにが大変だったんだってば、オレは……?

おかしい。何も記憶に上がってこない。
あまりにもこの世界が真っ白すぎるせいか、この白い世界にくるまでに自分が何をしてたのか、何を思っていたのか、全く思いだせなかった。
思い出せなくて、ナルトが顔を真っ青にしていると、カカシが苦笑しながらポンポンとナルトの頭を叩いた。

「あ……」
「ん?なにか思い出した?」

また緩い雰囲気を取り戻したカカシがナルトを見やる。

「……せんせ、オレ、今アカデミーの頃のサスケといるんだってば」

伏せ目で戸惑うように言葉を選び、ナルトは自分の現状をカカシに伝えていく。
カカシはへぇ、なるほどと、全く動揺せず相槌をうった。
ナルトは現状を言葉にすることによって、漸く自分の状況を少しずつ理解し、そこでまた愕然とした。
そのアカデミーのサスケがいる過去の世界(と、ここでは仮定するこにする)に来る前、自分がどこでなにをしていたのか全く思いだせなかったのだ。
サスケを捜していた、その一点を除いては……

「カカシ先生、オレ……」

少し不安になった。
けれど、今とばされている場所にはサスケがいるのだ。

ここにカカシ先生がいるってことはさ、意外に簡単に自分の世界に帰れるんじゃねぇの?だったら、だったらさ。もう少しぐらいここにいても……。

「ナルト、それはいけないよ」

静かに響いた咎めるような声に、ナルトはカカシから思わず目を背けてしまった。
どうしてこの上司はいつもこちらの気持ちを簡単に見透かしてしまうのだろう。
いつでも優しさと厳しさをもって接してくれる、尊敬できる上司。一人の人として認めてくれるカカシの言葉を、ナルトは信頼していた。だけど。

「でも先生オレ……!」

サスケに対する想いはそれを凌駕するほど強い。理屈ではない。迸る想いに目頭が熱くなって視界が滲むのを感じた。
だが、何かを続ける前に、身体を前のめりにしたナルトの口の前で、カカシの人差し指が一本たつ。

「お前の気持ちもわかるよ。でもそれは違うんだ。あとね、今回迎えに来る役目はオレじゃないよ」
「……?」

だからもう少しだけなら時間がある、苦笑交じりに囁かれたカカシの言葉に出鼻を挫かれてナルトが困惑すると、カカシは困ったように笑った。情けない顔を男の子がするもんじゃないよ、と大きな手が眦を擦っていく。

「正確に言うとね、違うというよりできないんだ」

ごめんね、その言葉に一瞬不安が掻き立てられたが、カカシの纏う優しい雰囲気に、ナルトはただ静かに耳を傾け続けた。
だからね、お前の意識が少しでも外に向くようにと思って出てきたんだよと、続けられた言葉をやはりナルトは理解出来ず、小首を傾げる。

「意味がよくわかんねーんだけど……」

先生変なもんでも食った?と続けると、とても慈愛に満ちた顔で微笑まれて、まるで自分が12歳に戻ったような錯覚をナルトは起こした。

「ナルト、サスケを連れ戻すんだろ?」
「うん」

上司は眩いものを見るように目を細めた。
唐突な質問。けれども、まるで今この台詞を言うことが自然のことのように、ナルトの口から言葉が滑り出る。

「自分の言葉はぜってー曲げねぇ」

そうだった。

「それが」

そ れ が

「オレの」

己の、曲げることのない、

「忍道だ!」

……『信念』なのだ。

ごーかく、懐かしい過去を辿るように、上司も思い出の一言を口にする。

「おまえなら、きっと、大丈夫だね」

カカシの後ろに、ナルトはふと人影が見えた気がした。
しかし、それは気のせいだろう。
ここは白い世界だったはずだ。
けれどもいつの間にかカカシの後ろに広がるのは闇で、影は闇の中にある灯りで浮かび上がっている。
ざわつく胸に,ナルトは僅かに眉を顰めたが,カカシに確認する間もなく、優しい微笑と共に白い世界はフェードアウトした。



***
零れ落ちる涙。
せんせ、と呟かれる声。

「っんだよ……」

ついに体重を支えきれず、起こさないように気を張り詰めてそのまとわりつく身体ごと床に倒れ込んだサスケは、眉間に皺を寄せた。
お前は他のやつに対しても涙を見せるのか、となぜか独占欲にも似た怒りがじわじわと湧き出す。
叩き起こしてやりたい衝動を覚えるが、まるで小さなガキの嫉妬のようでやめた。
自分はもうガキではいられないのだ。

誰の前でも泣くならこいつはただの泣き虫なんじゃねぇか

そう思うのに、心は違うと否定する。誰でもいいわけじゃないと、あの日男を自分が見つけたのはただの偶然ではないと、心の奥が主張した。

「ちっ」

なんだか腹立たしくなって、サスケはそのまま床に仰向けになった。
背中は痛いし重たいが、幸い布団はなくても温かい。
もうどうでもいい、そう思ってサスケは半ばやけっぱちになり、固く目を閉じる。
その片手は無意識に胸に埋もれている金の頭部にのせられていた。



数十分後に、部屋にはすやすやと健やかな寝息が二つ,重なった。







09/11/10