「……ッ」

背後で小さく怯える気配がした。
自分はそれをきっと気づいていたのに気付かないふりをしたのだ。
自分の衝動を最も動かす者に繋がるモノが、目の前にあったから。
でも、本当は大好きな彼女を恐がらせたくなどなかった。寧ろ守りたかった。
唯、その彼女とした約束を守るためには、己はどんな力でも使わないと叶えられそうにもなくて。
だけど、だ け ど。

オレってば、ちゃんと成長してる……?

ただ、大切な人を守れる力が欲しいだけなのに。約束を守りたいだけ。アイツを連れ戻したいだけ。その為には、化け狐の力だって借りるしなんだってする。でも。

なぁ、いつになったらオレはお前に追いつくのかな。

アイツの背中がまだ見えない。
こんな奴らに本当は用なんてないのだ。
でもアイツの情報を得るためにはコイツらに吐かせるのが一番で……

オレに必要なのは、その先にいくことなのに……!


意識が赤黒く熱いものに染め上げられていく。
何も、みえなくなった。わからなくなった。
それでも、激しい怒りの中で、強く強く想い続けた。

サ  ス  ケ 

たった一つ、友の名を。





ま り 焼 け よ う


「おいっ……」

耳に心地よいテノール。

「大丈夫か!?」

もっと聞いていたいと思わせる。懐かしい。怒っているような口調なのにその声に心配が滲んでいるのがすぐわかる。昔はそんなアイツの感情に無意識に気付かないふりをしていた。じゃないと、どう接したらいいか分からなくなるから。

「ちっ」

……本当に、懐かしいってばよ。そうだこれこれコレ!舌打ちはこいつの十八番だってば。ったく何様だってんだ。バカサスケのくせに!

気配が揺れる。自分の上から影が去ろうとする。おかしい。今、自分はなんて思った?
ジャリ、砂を靴がかむ音が急に鮮明になった。
まてまてまって。思考が上手くまわらない。
ザッ、とまた一音。心音が速くなる。
まさか。今、自分を、覗き込んでいたのは――

サ、ス、ケ――――?

「待て!!!待てってばよ!」

がばりと足を振り子のように使って起き上がり、目の前の腕を掴んで必死に引き寄せる。
短い叫び声と抵抗。手加減なんてものは思考を掠めもしなかったから、ナルトはその勢いでそのまま再び地面へと沈んだ。沈もうと、構わなかった。

なんで、どうして、夢なのか、現実なのか、そんなことどうでもいい。今オレが伝えたいのは、

「――――てくな……ッ!」

喉から絞り出した声で、息が詰まった。



***

「……わかった」

懐から不機嫌と困惑が半分半分含まれたような声が聞こえたのはそれからちょっとして。オレの呼吸の乱れが整うのを待ってくれたから、優しさも少しは含まれているようだ。

「で、アンタは何者なんだ?」

はぁ!?コイツ、オレのこと忘れたのかよ、最低だ!最低だってばよ!!とか、なんとか言い返す前に、ナルトは困惑した。なんというか、腕の中のものは予想と違うコンパクトさなのであった。
呼吸を整えるのに必死で確認するタイミングをすっかり失っていた。人違いか。いや、オレがコイツを間違えるはず……、でも…………。

「おい!」
「は、はいっ……!」

弾かれたように細い肩を引き離した。バックには綺麗な淡い青空。目が、音がしそうな強さで合った。強めの日差しで陰影が濃くなっていたが、その風貌は見間違えるはずもない。
サァァァと春風が木々を撫でた。

違和感はあった。声が違うかったもんな。

そこまで考えて、ナルトの思考はショート。

「お、おい!?」

完全に困惑しきった声が一膜はった向こうから耳に入ってくる。
その耳になにか液体が伝って気持ち悪いなと思ったのも、すぐにまるで小川の流れに紛れたように意識の端を通り過ぎていった。
耳なりが鳴りやまない。消化できない現実で、脳が息を吸う信号を出すのを、一時、忘れた。


目の前にいたのは、チームを組んだ頃よりもさらに幼い、“うちはサスケ”だった。






09/02/07