| 夕闇、それは全ての輪郭が曖昧になる時間帯。
 無意識に危うくなる感覚を意識しなくては、人は直ぐに足元を掬われる。
 
 
 
 
 『シャドー』
 
 
 白昼夢のような現実が終わりを告げたのは、腕の中の人物が人形のようにことりと気を失ったからだ。
 血色のよかった肌は直ぐに血の気を失い白く儚い。
 サスケはしばらく呆然とその美しい金糸のような髪や睫、そして程良く筋肉のついた、明らかに性が男だとわかる肢体を眺めた。
 顔の輪郭を指でなぞり、口の上に手の平がきたところで小さな風の流れを感じ、そっとその中に指を差し込んだ。生暖かい濡れた感触をしばらく堪能すると、口の端からとろりと蜜が漏れ出す。今日、何度味わったかわからないほど舐め尽くしたそれに、改めてサスケは舌を這わした。ぴちゃりと静かな部屋に響いた音は思っていたよりも大きかった。
 
 「甘い……」
 
 それは今は意識を手放している男の先の在り方に対する皮肉か。
 ずるり、と自身を抜くと、白濁色の粘液が結合していた部分から溢れ出る。濡れそぼったその穴を再びめちゃくちゃにしたい衝動を抑え、適当に腰に衣服を引っ掛けて立ち上がった。
 これ以上抱くことは、いくら九尾の回復力をもってしても死に繋がるかもしれないとサスケがそう危惧するほどナルトは血の気が引いていた。それに元来の目的を忘れてはならない。
 サスケとしてもナルトを殺すことは本意ではなかった。もののはずみで、ということすら考えられないほど、その命を惜しんでいた。
 ただ、それはサスケの気分の上がり下がりであっけなく裏返るのではないかと思うほど、危うい拮抗の中にある。一つ踏み外せば、確実にその身体を腕の中に閉じ込めたまま死へと誘うだろう。
 微睡む感覚の中、最期は自分しか感じさせず、ゆるりと落とすのだ。
 窓の側までくると、カーテンの隙間から最早淡い光しか漏れていないことに気付く。そういえば、行為の途中はあまり部屋の明るさなど気にも留めていなかったが、こう見渡してみると随分と暗い。
 厚みのある手触りの悪い布を引くと、そこに広がるのは見知らぬ街の微睡んだ世界。
 全ての輪郭が曖昧に映り、魂が器から漏れだし浮遊しているのではないかと錯覚させられる。
 今なら……
 
 「……っ」
 
 何が、できるというのか。
 
 手ひどい裏切り。自分勝手な行動。抑制できない己自身。
 そんな自分から守るよう、ある程度のサスケに打て得る限りの策はもう打ったのだ。
 自分を忘れさせようと突き放して里をでて、再開した時すら己の感情を最大の気力をもって抑えた。
 仲間は、ナルトは、確かに大切だった。それは認めてもいい。だが、今は論点が違うのだ。大切だけれど、サスケの中での重要視するものが三年前とは変わった。いや、あの三年前のひと時だけが変わっていたのだ。だから、優先順位を思い出した己はそれらの大切だと思ったものを切り捨て、更に強くならねばならないのだ。
 修羅の道を歩くと、あの月夜の晩に誓った。
 もうナルトの身体に触れるのも今日で最後だ。これはサスケにとってナルトとの離別の儀式だった。ナルトに自分を諦めさせるための最終手段。
 寝台の上に寝かされた今は儚げにすら映る身体が視界に入る。曝された肌は窓からの光がとどかず、うっすらと白く浮かびあがっている。
 
 はっ……誓ったって、どの口が言っているんだ?
 
 影が囁く。
 窓に映ったぼやけた自分と目があった。
 
 切り捨てることなんて、無視することなんて出来なかったじゃないか
 
 うるさい……
 
 ナルトを抱いている間に、感じていたものはなんだった?
 
 …………っ
 
 鼓動が速まって、首が嫌な音をたてた。胸がざわつく。
 
 征服欲?劣情?はたまた無垢な心にシミを残す背徳感?
 
 うるさい……っ!黙れ!!
 
 目をかたくつぶり、奥歯に力を入れても声は勝手にサスケの頭に流れ込む。
 
 ……どれも感じていた。けれど、それだけじゃなかった。
 
 それだけじゃないって他になにがあんだよ!オレはそこまで強い感情をアイツに持っていない。いい加減にしろ……!
 
 オ レ は、ナルトを抱きながら一体なにを感じてた?
 
 何も感じてねぇ!!
 
 オレは確かにあの変わらぬ瞳に、存在に、憎しみと……
 
 
 
 
 バリッ
 手元の木製の台がお椀がたに凹んで木屑が手に突き刺さった。
 
 
 
 
 
 
 窓の外にはもう暗闇が広がっている。
 落ちろ、落ちろと言われるまでもなく自分はそちらへ向かって歩いている。
 
 もう追ってくる光の残像すら存在しない。
 
 掴んでいた手があった。自ら振り解いた手。今日この時からもう差し伸べられることはないだろう。
 惜しむ気持ちなんてない。けれど、もし全てが終わったなら、もしそれでもまだ生きようと思ったなら。あの手以外はきっともう何も掴みたくなどないと思うのに。
 
 「ナルト……」
 
 捕まえそうになるたびに寸でで避けて、先延ばしにして安堵していた答え。いつも側にあった。
 まだ気づかない、気づくことはできない。
 
 特別はひとつでいい。そうでなくては弱くなる。
 
 震える唇で名を呼ぶと、なぜだか悔しくて情けなくて、握り締めた拳が痛んだ。
 窓にはもう、何も映っていない。
 
 
 
 
 
 07/11/17鬼畜サスケシリーズ。またの名をサスケいじめシリーズとも言う、のか?
 うあわわ;スミマセ…!
 
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