曖昧な意識に、突如、耳障りな布を裂く音と、鋭い痛みがはしる。
その音が、自分の心の悲鳴に聞こえた。


擦れ違い・想い違い 3



宙を漂っていた視線をナルトが元に戻すと、黒い忍が好んで着用するハイネックのトレーナーが無残にも引き裂かれていた。
サスケの手の中で、どこから出したのかクナイが鈍い光を放っている。

「どうせ、お前は九尾の力でこんな傷すぐに治すだろ?」

たいして面白くなさそうにサスケが指で傷口をなぞりながら言う。

外気に曝された肌に絡み付くサスケの視線から逃れたいと思うのに、身体が言うことを聞かない。
少しでも動くことが怖いのだ。

電気がついたままの部屋が酷く残酷に思えた。
傷口をなぞったサスケの指が赤く染まっているのがはっきりと見える。
それはナルトのなかの恐怖を煽る。
周りにはいつもと変わらない部屋の風景が広がっているのに、いつもとは全く違う自分達の存在が倒錯めいて見えた。

現実とは思えない。


けれど胸に感じる先程の傷の痛みと、更に増えた首筋の痛みによってナルトは現実だと認めざるおえなくなった。

「これで少しは目が覚めたか?」

真正面にいる男がくつくつ、と嗤う。その唇が赤い。
サスケは、ナルトが茫然としているのをいいことに、下から舌で先程付けた傷を辿り、最終的には首筋に噛み付いたのだ。
白い首筋に浮かぶ赤い鬱血。
それを見てサスケはとても満足そうに笑んだ。

「……サスケ?どうしちゃったんだってばよ…」

そう声に出した途端、ナルトの目から涙が溢れた。
余りにも許容範囲を越えてしまった現状に、頭がついていかない。

ただ涙を流しながら震えるナルトを見て、サスケは顔を歪まし、青の瞳を片手で覆っ何度も優しく撫でる。ナルトはそれに縋るように身体の力を抜き、鼻で息を吐いた。

ナルトが少し落ち着くと、優しく撫でるサスケの手もそれに連なって動きを止めたが、ナルトの瞼の上から退く気配は一向になかった。少し落ち着いたナルトが恐る恐る口を開く。

「サスケ?」

「お前が……悪いんだろっ」

未だにナルトの両腕の拘束は解けていないので、目を隠しているサスケの手を振り払うことができない。けれど今のサスケがどんな顔をしているのかナルトは確かめたかった。

「オレをこの里に連れて帰ってきたのはお前だ。なのに理由も言わずに今更ただ拒絶してこの家をでて行こうとするなんて、オレは絶対に許さない」

切羽が詰まったサスケの声。僅かに震えている。抱きしめてやりたい衝動にられるが、拘束されている腕ではどうすることもできない。
ナルトがそれに焦れて僅かに身じろぐと、急に視界に光りが射し、続いて顎に痛みがはしった。


「もしそれでも出て行こうとするなら、仕方ねぇよな。この家から出られないようにするまでだ」

だから無駄な抵抗はするな、と続けざまに吐き捨てるように言ったサスケの言葉が、さっきの身じろぎを指していることに気付いてナルトは茫然とする。
ナルトの気持ちとサスケの気持ちが全く噛み合ってないのだ。

なんで?オレ、サスケを抱きしめたかっただけなのに……

涙腺が壊れたように、ナルトの目からボロボロ涙が零れる。
目の前のサスケが歪んで見えなくなった。
こんなに近くにいるのに通じない。やっぱり自分達は昔のようには戻れないのだろうか。

「離せっ!今のお前は嫌いだってばよ!!本当の…サスケじゃ、ねぇ」

「お前に、本当のオレが分かるのか?」

サスケが、苦しそうに笑うのが歪んだ視界に映る。

「お前に優しいのが本当のオレか?お前の都合のいいように動くのが本当のオレか?」

瞬きをしてクリアになった視界に映るサスケが歯を食いしばった。
ナルトはただ茫然としてサスケを見る。

「オレは、お前の都合のいいように動く家政婦なんかじゃねぇ。急にいらなくなったら捨ててどこかに行こうとするなんて許さない」

「オレは、お前のことそんな風に思ってねぇってば!!」

半ば悲鳴のように発せられたナルトの声が部屋に響く。

「家に帰るって言ったのは……そんな理由じゃ、ない」

漸く理解したサスケの心にショックを受けてナルトは途切れ途切れに本心を言葉を紡ぐ。
サスケに、そんな風に思われていたなんて……

「オレは、お前のことが好きだって気付いたから、だからこれ以上好きになっちゃいけないって思って……」

とうとう言ってしまった。
目の前のサスケはその言葉に蒼白になっていて、それを見てナルトはやっぱり黙っておけばよかったと思った。

「やっぱ、同じ男に好かれてるなんて聞いたら気持ち悪ぃよな……」

できるだけ軽くながそうとナルトは必死に下手くそな笑顔を浮かべた。

「ごめん、サスケ」

こんなこと聞かせる必要なんてなかったのだ。
こんな顔させるぐらいなら……

サスケは漸くナルトの声に反応してナルトに焦点を合わせる。
真っ直ぐに向けられた視線がいたたまれない。

「なんで、謝る?」

「だ、だってお前気持ち悪いだろ?」

自分で言っててナルトは情けなくなって零れそうになる涙を必死で堪える。
男になんか生まれてくるんじゃなかったと、初めて後悔した。
サスケが喋るのが怖い。

「気持ち悪くなんかない」

返ってきた言葉は余りにも優しく、今のこの瞬間こそさっきのような酷い仕打ちを受けても仕方がないと思っていたナルトは唯唖然とした。

「う、うそ。そんな気使わなくてもいいってばよ」

「嘘じゃない。気持ち悪いって思ってたら、さっきお前にキスなんかしてないだろ?」

「あれは、嫌がらせじゃ……」

「嫌がらせでオレがそんなことできると思うか?」

いつの間にか腕の拘束は解かれ、サスケの手がナルトの頬を包む。

「お前は、まだオレのことが好きか?」

真摯な瞳。
サスケの身体の中で一番好きと言っても過言ではない、漆黒の瞳だ。
この眼に見つめられると、全てを吐露しても構わないという気にさせられる。

ナルトの首が素直に頷く。

「うん。好き」

「こんな酷いことをされた後でも?」

サスケの視線がナルトの身体を見る。
さっきつけられた傷の血はもう赤黒くなって固まりだしていた。
ナルトは目をつぶって自分の心の中を静かに探り、再度頷く。

「うん。やっぱりオレってばサスケが好き」

「変なやつ」

そう言ったサスケが泣きながら笑っていたから、あ〜あ〜いい大人がそんな顔して、しょうがない奴、と自分のことを棚に上げて思いながら、ナルトはつられて泣きながら笑った。



 結局自分の気持ちをサスケが本心でどう思ったかは、ナルトは理解できなかった。泣きながら笑った男は今自分の上で子どものようにあどけない顔をして眠っている。素肌にその体温は温かく心地いい。規則正しい呼吸の音、肌に感じる温度。それだけが今自分の全ての感覚を支配し、それがとても幸福だと感じる。
 つきっぱなしの電気の下、未だに倒錯的に感じる世界に目をつぶる。
 今はこの感覚だけでいい、そう思い、ナルトは小さく笑んだ。





06/12/18
とりあえず完結です。
ありきたりな上どうしようもない話でした…げふっ
もっと精進します;