いつからこんな気持ちを持つようになったのか。
連れ戻したらこの思いは鎮静化すると思っていたのに。



擦れ違い・想い違い 1


そろそろ帰らなくちゃダメだよな〜と、思いつつも居心地の良さにナルトはこの場所から離れがたくなる。

だってここではおいしいご飯が出てくるし、色々な書物もそろっているし、そしてなにより、独りでいなくていい。



サスケが里に帰ってきて三年たった今、ナルトは自分の気持ちのあやふやさを持て余していた。

てっきり連れ戻したら昔のような関係に戻れるのだと思っていたが、どうにも物事はそう上手くはいかないらしい。
サスケがいない間ずっとサスケを想って追い続けた三年間、ナルトの気持ちはどうやら変わってしまったみたいなのだ。と、言うより正確に言えば変わらなかった、と言った方が正しい。
サスケを求めるその強い想いが、サスケが帰ってきた後も持続してしまっているようなのだ。
おかげでナルトは普段からどこにいても、何をしていても、サスケが気になって探してしまい、サスケを見つけたら見つけたで、ずっと目で追っていた。
過去のことを知っている周りの友人達は、初めのうちこそナルトの集中力の散漫さに注意を促していたが、今では原因のはっきりしているナルトのその癖に、どうしようもない、とすっかり手を上げてしまった。
自分達には今のところ対した被害はでていないし、サスケが文句を言おうがそれは自業自得なのだから、と。

けれどサスケからの文句が出る事はなかった。

当然、里にサスケが帰ってきた今もサスケを心が追い続けているナルトは、至極自然にサスケの家にしょっちゅう入り浸るようになり、サスケも何も言わないので年月をおうごとにその滞在時間は長くなっていった。

サスケの帰還からはや三年。
ナルトはほとんど自分の家に帰ることがなくなっていた。




うちに帰らねぇと、帰らねぇと。と、本日何度目になるかわからない言葉を頭の中でナルトは反芻するけれど、体はサスケの胡座をかいた足の上に乗ったままでぴくりとも動かない。
今日は二人とも丸一日休みだったのでサスケの家で巻物を読んでいた。
夕食後、ナルトはここ最近のお気に入りの場所であるサスケの足の上に、胸から下腹部にかけてを乗せて、地面に肘をつけて巻物を読んでいた。
あんまり長時間やり続けると腕が痺れてくるので、そういう時は少し体をずらして頭をサスケの足に埋めて休憩する。女の子じゃないからサスケの足は硬くて痛いけれど、なぜかとても安心するのでナルトは存外気に入っていた。
ソファー代わりのように使われているサスケはというと、初めうちこそナルトの行動に驚いていたが、今ではもう素知らぬふりで黙々と自身の巻物を読んでいる。

四捨五入したら二十歳にもなる大の男が何をしているんだ、と言われそうだが、居心地がいいので気にしない。
周りからはどう見られているか分からないが、ナルトはそれなりに幸せな生活を送っていた。
そう。ついこの間までは。

ナルトには悩みができたのだった。
最近サスケの膝の上にいると、居心地の良さ以外のものを感じるのだ。どんな感じかと問われても、上手く説明ができない。だからそれが悩みだっだ。

ここ数日、ナルトはこの悩みを解消する為に、サスケと距離を置こうと自分の家に帰る機会をうかがっていたのだが、中々きっかけが見つからなかった。
ナルトが急に家に帰ると切り出すと、サスケは訝しがって絶対に理由を聞くだろう。
ナルト自身よく分からない感情をサスケに明確に説明できるはずがなく、ここ数日ナルトは頭を抱えていたのだ。

だって、わかんねぇんだもん。
散々悩んでいるけれど、やっぱり自分は今もサスケの膝の上にいる。居心地がいいのだ。けれど居心地がいいのに離れたいと思うなんて……

「はぁぁ」

思わず零れたナルトの溜め息に気が付いて、サスケが巻物から目を離し、ナルトを見た。

うーん、うーん、と自分の足の上で唸るナルトを見て、サスケがクスリと穏やかに笑ったことにナルトは気付かない。

「なに唸ってんだ、ウスラトンカチ。脳みそが足りなすぎて理解できないか?」

「へ?」

急にかけられた声に驚いて五秒ほど遅れて理解し、ナルトは怒りに任せて振り返る。

「っだれが脳みそ……っ?!」

「…どうした?」

「な、なななななんでもないっ」

ナルトの持っている巻物を覗き込んだ状態のサスケは、ナルトが思っていたよりも近くに顔が寄っており、振り返ったナルトの真ん前にあった。

ちか!あれ……こいつこんなにかっこよかったっけ?あ、あれ?オレ何考えてんだってば。

カッカッと顔に熱が集中してきて、息がしにくくなってくる。

「あ、あの……」

ナルトの心臓がバクバクと鼓動を打ち、口は震えて、泣きたくもないのに目尻には涙が溜まってきた。

あ、そっか。オレサスケが「好き」なんだ。

急に降って湧いてきた考えに一人納得。
もしこの時サスケにナルトの思考が読めていたら、お前はどこをどうしたらいきなりそんな考えがでてくるんだ、と頭を抱えていただろう。

「へ……?」

なんせ自分ですら驚くほど突発的な考えだったのだから。

ちょっと待てってば!!好きってオレが?サスケを?なんで急にそんな……

冗談じゃない、とナルトは頭を振る。ナルトの思った「好き」が友達どうしの「好き」とは違う方の「好き」だったからだ。

オレにはサクラちゃんが…、そこまで考えてナルトはうな垂れた。

彼女のことは愛してる、と言っても過言ではない。ないのだけれど、ナルトにとってのサクラは安心できる絶対的な愛の象徴で、サスケに感じるように酷く不安定な激しさを伴うものではなかった。

二つの違う愛のかたち。
どっちが本物だといえるのか。

どっちも本物だ。


唯、独占したいと思うのはサスケだった。


「…………っ!」

「ナルト?」

気付いてしまった想いにナルトが息を飲む。
これは、気がついてはいけない想いだった。

こんな気持ち、サスケに気づかれたらきっと気持ち悪がられる……

傷付いた様子のナルトの青い瞳は、壊れかけのガラス玉のようで、それを覗き込んだサスケも息を飲んだ。


「どうした、ナルト?」

サスケが気を取り直して心配気にナルトに声をかけると、ナルトの身体が小さく跳ねた。

「あ、え〜と……オレ帰るわ」

その一言に、サスケの纏う雰囲気が変わる。視線を合わせずに腕の中から逃れようとするナルトの背中を、サスケは上から容赦なく押し潰した。

「ぐぇ」

蛙が潰れたような声がナルトから漏れた。

「どういう、ことだ?」

背後からするやけにドスの聞いた声にナルトは一瞬固まる。
この声は、サスケが本気で怒っている時の声だ。

「どういうことって、オレの家ここじゃねぇし!ただ自分の家に帰るだけだってばよ!!!」

恐くて見れないが、サスケの怒りのオーラだけは背中にひしひしと感じる。今の言葉で更に怒りが増したらしい。
ナルトは意味もなく目の前に広がる床を見つめ、匍匐前進でこの状況を乗り切ろうか、と思案する。けれど背中を押さえられているのでそれも結構、いやカナリ難しい。なんていったてサスケの腕からもし無事に逃げれたとしても、後は立って逃げないと簡単に捕まってしまう。サスケならその立つ瞬間にナルトを軽々と捕まえられるだろう。

「今まで帰ろうとしなかったのに、なんで今更帰んだよ」

「そんなんオレの勝手だろ!サスケには関係ねぇ」

言った後でナルトは自分の言った言葉を後悔する。

こんなこと、言いたかったわけじゃねぇのに。

言ったナルトも冷水を浴びた気分だったが、言われたサスケは当然それ以上にショックを受けていて。ぎり、と奥歯を噛み締める音が聞こえた。

「は、今まで散々飯やらなんやらと人の世話になっておいて最後はそれか。オレはいったいお前のなんなんだ!」

ナルトはサスケが完全にキレた音を聞いた気がした。
後ろを振り向けずに、サスケの胡座の上で固まっていると、強引に腕を掴まれ、起き上がらせられる。

「サスケ、オレ……」

謝る隙も与えられず、ナルトは突き飛ばされた。
飛ばされたのは、今ではすっかり身に馴染んだサスケのベッドの上。
間を置かずサスケがナルトの身体の上に圧し掛かる。

「少しは、気持ちがあるんだと期待してたんだが……」

酷く傷付いたような、自嘲混じりのサスケの笑み。

「サ、スケ?」

ナルトは心配になって、サスケの頬に手を伸ばすと、触れる前に指を絡まされ、ベットに沈められた。
黒曜石のような黒い瞳がナルトを見据える。



「オレをここに連れ戻したのはお前だ。今更関係がないなんて許さない」




06/11/30
鬼畜サスケを目指してみようの会。