どんなに離れていても、オレ達はこの手を通して繋がっている。




スノースマイル



ちらちらと舞う雪を見上げていると、軽い眩暈にも似た感覚に襲われた。
それは、雪があまりにも優しくふわりと落ちてくるので、時間の流れが停滞してしまったかのような感覚に陥るせいだ。

ふと視線を目の前に続く道へと移すと、色の失せた通りに目にも鮮やかなオレンジの塊が映る。

歩く振動でふわふわ揺れる金の髪に雪が絡んで、銀の雫が光を放っていた。

「おい」

どうにも弾んでしまう心を気どられないように、慎重に声を出す。多少不機嫌な響きになってしまうことにはこの際目をつぶろう。
振り向いた顔は上機嫌で、全く人の不機嫌さなど気にもとめていないことがわかる。
いや、実際自分は不機嫌ではないのだった。

「なんだってばよ、サスケ」

白い息をはっはっ、と必要以上に吐き出しながら寒さで潤んで輝きを増した瞳がこちらを見る。

「こっち来い。風邪ひく」

ぶっきらぼうにそっぽを向きながらしかこんなことを言えない自分は、端から見たらさぞかし滑稽だっただろう。
ただ今は大きくなった雪が虚空を舞い、視界は良くもなかったのでそれが救いだった。

「こっちに入れ」

一度口に出してしまうと人間慣れてしまうのか、ニ度目はするりと唇から漏れ、目の前の雪が白い蒸気で溶けた。

「傘、半分貸してやる」
「え。いらねぇ」
「いらねぇってどういうことだよ!」
「だって……オレ、お前と相合い傘なんてノーサンキューだってばよ」

んべ、と小憎たらしく舌を出したナルトは頭の後ろで手を組むと、そのまま鼻歌を歌いながらまた先に進んでいってしまう。

「んなっ……」

人が折角風邪をひかないようにと心配してやったのにこの仕打ちはないんじゃないかと思う。いや、多少下心はあったかもしれない。だけど全体の15……12%ぐらいだ。
それでもそういう気持ちを少しでも持っていた以上、ナルトの言葉がサスケの胸をちくちくと刺す。

サスケは急ぎ足でナルトの横に並び、今度は本当に不機嫌な声で、話しかけた。

「じゃあ、誰だったらいいんだよ」
「……?何んのことだってば?」
「傘だよ。サクラだったらお前は傘に入ったのかよ」
「うん」

あまりにもあっさりと返された答えに言葉を失うしかない。

こぉんの、ウスラトンカチ!!

本人に悪気はないのだろう。表情を見ればわかる。けれどその素直さがいい時もあるが、その素直さのために傷つく人間もいることをナルトは知るべきだ。
こうなったらやることは一つ。この傷付いた心の責任をナルトには身体で払ってもらうことにする。

「え、ちょっ、何?サスケ?」

急に腰に回されたサスケの腕に、ナルトは戸惑って成すがままに引き寄せられた。

「残念だったな。ナルト。相合い傘だ」

勝ち誇ったようなサスケの笑みがナルトの鼻先に突き付けられる。

「あぁーー!くそっ」

ナルトがサスケの腕を引き剥がそうともがくが時既に遅し、サスケの腕はしっかりとナルトの腰をホールドしていた。

「んなにーやってーるんーだってばよ〜〜!!!」

ナルトがなおも必死に剥がそうとするがサスケも必死に腕に力を込めてそれを阻止する。

「く、くそぉ〜」
「ふん……ようやく、はっ、諦め、たか」

しばらくして勝負がついた時には二人共息が上がっていた。力を入れる際に息を止めていたせいか双方顔が赤くなっている。

「あっつ!サスケ熱い」
「すぐに冷える」

勝負に負けたナルトは仕方なくサスケの横におさまり、漸く二人は道を歩き出した。

「うへっくしょん!!」
「ほらみろ。言わんこっちゃない」 
「サスケが余計なことするからだろ〜!さっき暴れたせいで変に汗かいちまって、冷えて、寒い」

ぶるり、と震えた髪から水滴が滑り落ちる。

「それがさっき傘も射さないで雪被ってた奴の言うことか?自業自得だ」

頬を膨らますナルトから視線を外し、気持ち温度を分け与えるように腕に力を込めながら、空を見上げる。空は分厚い灰色の雲に包まれ、世界はとても静かだった。
街路樹の葉からしとしとと溶けた雪が落ちる音以外何も存在しない。

「なぁ」

その静かな空間に声が紛れる。さっきのふて腐れた態度がもう鳴りを潜め、至近距離からあの青空と同じ色をした瞳が覗き込む。

「傘、オレが持ちたい」
「駄目だ」

サスケの間髪いれない答えにナルトは今度は口を尖らす。

「ケチ」
「ケチじゃねぇ。身長的にもオレが持つべきなんだよ」
「けど!入れてもらってるんだからオレ傘ぐらい持つってばよ!!」

サスケに借りを作るなんて絶対嫌だ、とナルトの眼が語る。

「ふん。オレに借り作りたくないなら傘持つんじゃなくて雪が止むまでお前の家で休ませろ」
「オレんち……?」
「ああ」

ナルトが一瞬きょとんとした後、そわそわと視線をさ迷わせる。
失敗したか?
なんとなしに焦っているナルトを見て、サスケは時期尚早だったかと冷や汗をかく。
急に家に入れろと言うのはやっぱり不自然だったか……

「い、いいけど、片付けできてないってばよ?」

サスケの気持ちが降下していっていると、漸くナルトから返事が返ってきた。その答えに少し胸を撫で下ろす。けれど、いいと言いつつナルトの目は未だに泳いだままだった。

「お前の部屋が片付いてないことぐらい、そんなの誰でも予想がつく」
「むっかー!どうせサスケは部屋綺麗にしてるんだろ!!」

サスケの憎まれ口にナルトは漸くいつもの調子に戻ったが、その頬はやけに朱い。
サスケを家に入れることを嫌がっているようには見えないが、戸惑っているようにみえる。

「ナルト、行ってもいいか?」

再度慎重に確認するサスケの言葉に、ナルトは散々迷いながらも、最後には漸く首を縦に振った。




***

「サスケ」
「なんだ?」

いつの間にか手繋ぎになっている現状にたいして違和感も持たず、ナルトは元気よく繋いだ手を振る。

「オレな、家に友達来んの、初めてかもしんね」
「……そうか」

どうにか絞り出した言葉は何とも味気無い。
自分の意思に反して緩む頬を押さえるのに必死でそれどころではないのだ。家に行っていいかと聞いた時のナルトの反応の意味が漸くわかった。

「うん!」

だからすげぇ嬉しい、と照れ笑いするナルトにサスケは幸せを噛み締め、繋いだ手をしっかりと握りなおした。



見渡す限りの銀世界。
温度のない世界で、繋いだ手の温もりだけを、いつまでもお前と感じていたい。





07/02/05
題は大好きな某グループの歌の名前から。
雪は『盲目・死・純粋さ』などを象徴するそうで。なんか雪とサスナルを合わせるのは萌えます。