立夏



確か河の上の橋を渡った時だった。
初夏が訪れたとニュースでしていた2日後だった気もする。
ふと河原の草が青々と生い茂って橋まで届きそうな光景に目を奪われ、気がつけばサスケはブレーキを強く握っていた。

「うわっ」

キキッと鉄が擦れる音と少し間の抜けた悲鳴が後ろから上がり、それと同時に背中と後頭部に衝撃を受けて前のめりになる。
ふわり、揺らいだ空気に嗅ぎなれた他者の汗の匂いとシャンプーの香りがまざった。
肩に食い込む指。触れ合う熱。
後ろに乗せているのが、同性の、しかも幼なじみだと分かっていてもなぜか腰の奥に甘い痺れが走った。
そんなドキリとする一瞬の恍惚から覚めれば、あと数十センチの位置に見慣れた銀色のハンドルがある。危うく顔が凹むところだったようだ。

「ッ……!危ねーな!」

自分がブレーキをかけた事実はその辺りにおいて、サスケは何かを誤魔化すように勢いよく振り返った。

「それはこっちのセリフだっつー……」

後ろにいた二ケツの相方のうずまきナルトは、サスケの怒りに反応してウザイ位に同じく怒りのボルテージを上げてわめき散らしている、はずだった。それはサスケが振り向いた後更に酷くなる予定で。
((え………………?))
予定は予定で終わる。
ナルトと心の声が被ったのを、サスケはリアルタイムで感じた。
どくどくと血の流れる音は、体内からも、肩に指を食い込ませてくる相手からもうるさいぼど聞こえてくるのに、外界の音は、一瞬、一切合切遮断された。
本当なら怒っているはずの相手は驚いたようにアーモンド型の目をいっぱいいっぱいに見開いている。キラキラと碧い。
なんで、こんな近く、ナルトの眼、じゃなくて口が……

「うわ、ぁっ……!」

目の前の口が大きな悲鳴をあげたのと同時に外の音が帰ってくる。
風の通る音、川の水音、遠くで響くクラクション。
そして、一緒に遅れて帰ってきた思考も動きだす。
またやっちまった…!そんな単純な言葉しかはじき出さないが。
唇の皮膚の感覚がおかしい。熱い。
体をなぶる風は、湿気と熱を帯びていて、唯でさえおかしな心拍数を煽っていく。背後の金髪が激しく揺れた。

「オッ、オレのセカンドキスがあぁぁぁあ!!!」
「うるせさい!黙れ!!事故だ、忘れろ!」

おかしい。昔事故で唇が合わさってしまった時はあんなに衝撃を受けたのに……
なんでオレ……

「今度こそサクラちゃんとって、ぎゃっ!?」

サスケはナルトに一言もなくペダルを漕ぎ出した。
落ちそうになって慌ててサスケの背中にかじりつくナルトの熱に、鼓動がまたドキリと跳ねた。

「サスケ!いきなり漕ぎ出すなってばよ!漕ぐなら漕ぐって一言言え!おいっ!サスケ聞いてんのか!?」

くそっ、なんでオレは……!
ナルトの言葉が右から左に抜けていく。
なんだか無性に全力疾走したくなって、腰をサドルから浮かして体重をかけてペダルを踏んだ。
背後からつぶされたような無様な悲鳴が上がったことに清々する。
けれども上手くいったのは最初の数秒だけだ。

「くそっ!腰にへばり付くな離せウスラトンカチ……!」
「ウスラトンカチはてめぇだってばバカサスケ!今離したら死ぬ!落ちる!!」

全力疾走したら気持ちがすっきりすると思ったのに。なのに腰にへばり付いてきたナルトのせいで全然上手くいかない。
頭の中が掻き乱される。
必死で漕いで、暑いから直ぐに噴き出した汗も、怒鳴った声も、全てが背中から伝わる熱をかき消せない。
眼前に広がる目に痛いほど青い空に、その煮えた頭では全てが無駄だと一笑された気がした。
くそったれ。本当に、なんで、オレ……

「サスケ?」
「……」

いつの間にか緩やかに、諦めるようにサスケはサドルに座っていた。
キコキコと間抜けな音がサスケたちが通った後に落ちていく。
ナルトはきっと、心配と訝しい気持ちを足して2で割ったような顔で、サスケを上目がちに窺っているだろう。
外からみた自分たちはたぶん、学校から出た時とあまり変わらない。
肩に触れるナルトの手の熱は、変わっていないのだし。

けれども、サスケの心だけは学校を出た時とは違って、この初夏の風のように騒がしくて。
なんでオレは…

「嫌悪感が微塵もわかねーんだよ…」

呟いた不明瞭な言の葉は突如訪れた突風に浚われていく。
チラリと目をやった視界の端には真っ青な空と金の色。
サスケは、ざわつく気持ちを持て余しながら、ひたすらペダルを漕ぐことに集中しようと努めた。






10/05/28
学パロプチオンリーに乗り遅れた悲哀。。。