『サスケ…やめろっ』
ベッドのスプリングが軋む音にすら掻き消されてしまいそうな、そんな弱々しい制止しかかけられない自分はおかしいのだろうか。





【 二度目のキス 】


そもそもナルトは人肌には慣れていなかった。それは同じ里の者なら周知の事実で、この男だって知っていることだ。
慣れない人肌は温度を感じるだけでドギマギしてしまうし、やめたらこの男はいなくなるかもしれない、と思うと強く拒否する言葉なんて到底言えることではなかった。
何もかも包み込むような抱擁は温かくて、ナルトの僅かに残っていた抗う気力すら削いでいく。
いつ自分の命が奪われるのか、ということよりも、どの瞬間にサスケが自分の前からいなくなるのか、を考える方が恐ろしい。
そう思ってそろりとサスケの脇腹辺りの乾いた布を掴むと、身体を少し離されて顔を覗きこまれる。
感情の読めない眼がナルトの真正面にあって、呼吸が難しくなった。近い。サスケが物凄く近くにいるんだ。オレの前にいる。サスケが、オレの前に。生きてる。
くしゃり、音が鳴ったのではないかと思うほど、盛大に顔が歪んだ。

「……っ」

言葉が、でない。溢れ出す感情が喉につっかえて引きつったかのように震える。こんなにオレが色々想っていても、どうせサスケには通じないのだろう。
いつだってサスケをみているのはナルトだった。
追いかけるのも、サスケに馬鹿みたいに拘っているのもきっと自分の方だけ。
なのに、なのになのに!サスケのくせに、なんだってばよ……コレ。
目尻に感じた湿った感触に、不覚にも背筋が粟立つ。生温かい。生きているもののもつ温度。

「泣くなよ」
「……っいてねェ!」

実際ナルトの頬はまだ乾いているのだ。
泣いていると思うのならそれは己に対するあるのかないのかわからない罪悪感のせいではないのか。そうナルトがやけっぱちに思って取り敢えず目尻を強く擦ってみた手が、急にもう片方の手と一緒に捕らえられた。
そのまま有無も言わさずサスケの首に腕を回すように持っていかれる。
これではまるで自分からサスケに縋っているようで、その体勢のあまりの恥ずかしさにナルトは身体を離そうともがくが、背中に回された手によって簡単に阻まれた。
次いでひやりとした感覚が背中を覆う。服の中で暖められた空気が外に流れ出し、肌が外気に曝された。
そうして肌の感触を楽しむように滑るものがサスケの手だと知り、今までにない危機感がナルトの頭に混乱をもたらした。
これは、オレ、触られてるのか。偶然手があたってるとかそういうことじゃあないんだよな。も、もしかしたらオレが顔色悪くて背中をさすってくれて……ってそんなことコイツがするか!
這いまわる手がズボンの中に潜り込もうとした瞬間、ナルトの混乱は絶頂に達し、なんとか手との距離を空けようとしてとっさに縋るものを求めて目の前のものにしがみついた。

「相変わらずのウスラトンカチだな。誘っているのか?」

思っていたよりも近くからするサスケの声に早くも自分の行動の不味さを理解する。
近すぎる距離にサスケの唇が髪にあたって、その動きが振動となって地肌を刺激する。外気に曝されて敏感になった肌は、当然のように温かいサスケの手で撫で続けられていた。気を抜けばそれが生み出す熱に思考力を全て持っていかれそうだ。
な、なんだってばよコレ。なんか恥ずかしくていたたまれねェ…
それ以上動きようがなく、仕方なしにサスケの肩口に顔を押し付けて息を殺す。
何がなんだかわからなくて、無理矢理回されたはずの腕に更に力を入れてサスケに抱きついていた。

「ナルト…もう少し力緩めろ」

いい子だから。
そう続けられた言葉に普通だったらガキ扱いするなと、絶対怒り狂っていただろうに、今はナルトを更に追い詰められたような気分にして、腕に入れる力を強めるだけだった。
何か、どこかで、もうサスケがこの訳の分からぬ、というよりも理解したくない行為をやめる気がないことがわかっていた。無表情を決め込むサスケの心音がいつになく速いのだ。
腕の力はそのままに、顔の角度を少し上げてみる。
ようやく自分がいる場所を確認した。
ナルトは知らない間にこの部屋に連れてこられていた。そして目覚めて起き上がってすぐにサスケに抱きすくめられたのだ。だからここがどこだか全くわからないし、どうしてこうなったかも何一つ覚えていなかった。大蛇丸のアジトの一つなのだろうか、はたまたどこかの旅館の一室か。
カーテンが締まっているから外はどうなってるかわからねぇな。そうナルトの思考がはしった時に、視界は強制的に窓から天井とサスケへと変わっていた。

「珍しく頭を働かせたいなら働かせといてくれてもオレは構わないぜ」

思考中に思わず腕の力が抜けていたことを遠まわしに揶揄されて、頭の中が一気
に熱くなる。
力の差は態勢的なものの違いのせいだと思いたいが、歴然としていて、片手で押さえられた首がびくともしない。

「痛いのは嫌だろ?」

だったら大人しくしてろとなんの感慨もなしに淡々と紡がれる言葉がナルトの恐怖を煽る。
ファスナーを引く音が視界の下のサスケの手の向こうから卑猥に響いて頭が真っ白になった。
答えさせる気がないのが喉元の圧力から伝わり、ナルトは感情の赴くままにその手に爪を立てる。黒い布で覆われたそれは滑ってうまく爪が食い込まない。そうやって苦闘している間に呼吸器官への圧迫は故意的にみるみる強められ、酸欠にナルトは大きく喘いだ。

「うぐっ……は、ぁっ」
「くく、お前の苦痛に歪む顔って、ヤッてる時の顔みたいだよな。いやらしくて興奮する……」
「ア、ホか……」

急に楽しげに笑い出したサスケにとんでもないことを言われた気もしたが、脳が酸欠で上手く働かないせいでいまいち言葉の意味が理解できない。取りあえず意地だけで通常通りの憎まれ口を叩くが、それも弱々しいものとなった。
サスケが何を考えているのか、あるいは何も意図していないのか、ナルトはさっぱりつかめない。

「じゃあどんな表情(かお)するのか教えろよ」

口の端から溢れた唾液をサスケが舌で舐めとる温い感触だけがリアルだ。
空回りする思考。限りなく近い、スカした面。これはなんの悪い夢か冗談か、そう思った時には開いていた唇は塞がれ、代わりに目を力の限り見開いた。
ぬるりとしたものが隙間から入ってきて、無遠慮に口内をかき回す。
逃げて、引きずり出されて、ゆるく噛まれて、舐めあげられる。
初めて味あう行為にただ翻弄されるしかなく、ナルトは息の吸い方も分からぬまま、唯、その行為を受け入れるしかなかった。
終わったあととかこれからどうなるかなんて、考えたくもない。


生まれて二度目のキスは、後で自分によくやったと言えるように鉄の味だった。




07/11/15
鬼畜サスケシリーズです!笑
愛と憎しみともやもやした感情の形。