せんせ…オレ、別にアイツに変わってほしいとか、思ってるわけじゃないんだってばよ

じゃあナルトはどうしたいの

オレは……

そこで教え子は自分を抱きしめるように身体に回していた手にいっそう力を込め、膝に顔の半分を埋めて押し黙った。
長い休憩時間になりそうだ。




眼を開け (マナコヲヒラケ)



隣でうずくまっているナルトはまだ黙ったままだ。
昼なのに日差しは少し赤みをおびていて、時折冷たい風が吹く。
視界の端でひらひらと舞う蝶に少し煩わしさを感じながら、はたけカカシは青空を見上げた。
食糧の調達に行ったダンゾウは、気をきかせているのか未だに帰ってこない。

どうしたものかな〜、と雲の流れを目で追い掛けていると、ようやく隣の子どもが動いた。
自分と同じように空を見ているのだろうか。

「オレとサスケってさ、7班の時もずっと喧嘩ばかりしてただろ」

「うん、そうだね」

短い相槌を入れてみる。入れた方がいいのか入れない方がいいのかは、自分にはわからない。

「それでさ、結局いつも最後まで二人して譲らなかった」

「うん」

懐かしくて、甘い思い出だ。自分がもっとしっかり理解していたら、現状は防げたのだろうか。
だがそれは無いと思う。
子どもはいつも大人の届かないところにいる。大人は近くにいるはずの子どもを遠くに見るのだ。

「オレ、いっつもサスケには負けねぇって思って、つっかかって、けど、そんなオレにアイツはいつも本気で相手してくれた。お互い譲ることなんてこれっぽっちも、全然、考えてなかったんだってばよ」

今隣にいる子どもも、眼は遠くを見つめ、心はすでに別のものに囚われている。

「だから、思うんだってば。サスケが帰って来なくても、生きてさえいたら、オレがずっとサスケを追い掛けて、つっかかってさえいれば、アイツはずーっとオレの隣に存在するってことになるだろ?」

「そうかもね。じゃあナルトはサスケを里に連れ戻すことは諦めるの?」

ぼーとしながら不思議な気分でナルトにそう問うと、驚きに見開いた青い瞳がこちらを見る。
ああ、この空の色とおんなじだ。
視界の端で捉らえた青色を真正面から見ずにぼんやりと空を見続ける。

見開かれた青い瞳はやがて細められ、ナルトは拗ねたように唇を尖らせて言った。この癖は昔から変わらないようだ。

「カカシ先生、オレの話ちゃんと聞いてた?」

視界の端に映るナルトのふて腐れた子どもっぽい表情に思わず笑みがこぼれる。

そうしたら何を思ったのかカカシ先生って年とって馬鹿になったのかな〜、とかなんとか失礼なことを呟きながら最終的にはしょうがないなぁ、といってこちらを見た。

「だから、オレとサスケは譲らないんだってば。」

「知ってるよ」

「じゃあ簡単だろ?オレはサスケを奪い返すこと、絶対諦めないってばよ」

こちらの顔を覗き込んで、にやりと笑った悪戯を企む子どものようなナルトの表情に、カカシはマスクの下に隠れている口をあんぐりと開ける。

それじゃあやっぱり何も変わってないじゃない、ナルト。

心の中で一人呟いた。


ナルトは結局自分に何が言いたかったのか。
自分の忍道は曲げない。
それをまた誓って確かなモノにしたかったのか。
よく分からないけれど結局大人の自分にできるのは、遠くから見守り手助けをするだけ。肝心なところはきっと蚊帳の外に放り出されるのだ。

いいよ。オレは何度放り出されても。
どんなに歯痒くても、情けないと思っても、蚊帳の外からだろうとなんだろうと、オレはお前たちをずっと見守っているよ。
この眼に誓ったのだ。未来を見る、と。


視界には眩しいぐらいの金髪を揺らし、猫のように背伸びをしている教え子の一人。
浮上した気分を隠しもせず、その口元を弛めて空を見上げて笑っている。
一瞬、教え子が懐かしい人の影と重なって見え、自分も焼きが回ったな、と苦笑した。

ナルトといると懐かしい人達を思い出す。
それは、温かくもあり、締め付けるような胸の痛みを覚えもする。


その痛みに、目を逸らしてはいけない。こんどこそ。

眼を開け。




06/11/01
初のカカシ先生視点話。