| 「これが、愛だの憎しみだのと簡単に言葉にできる感情だと思うか?」
 一線をこえてしまった大人びた少年が、絶望を宿した緋色の目で此方を見た。
 
 
 
 『狂い月夜の晩の兆し』
 
 
 木が鬱蒼と茂る森の奥、そこには月の光さえ届かない。その中でも一際闇が色濃く、緊迫した空気が漂う中にカカシはいた。
 記憶より四肢も伸び、より端正な顔立ちになった教え子が、対峙した自分の目前に腕の中のモノを降ろす。
 ドサリ、耳も目も塞ぎたくなるような現実が目の前に曝け出された。
 
 「……ッ!ナルト、は?」
 「気を失っているだけだ」
 
 動揺するカカシに見向きもせず、カカシには見たくもないような現実を、その教え子は表情も変えずに見続けていた。
 
 目の前のまだ大人になりきっていないナルトの細目の首に、黒の手甲を纏った手が絡みついている。
 煩いぐらい目につく金色だった髪が、この茂みの闇でトーンが数段落ち、重力に従ってその表情を隠していた。まるでここには届かぬ月光りの変わりとでもいうように、それは淡く美しい。
 
 「何を……した。サスケ……」
 「それを聞くのか?」
 
 見たら分かるではないかと、嘲笑を含んだ笑いがサスケの喉から漏れでる。カカシを見据えた漆黒の瞳が狂気を宿してゆらりと揺らめいた。
 意識を手放したままのナルトの顎が無抵抗なままに三本の指で支えられて持ち上げられる。さらけ出された色を失ったうなじの上を、見せつけるように赤い舌が蛇のように這った。
 
 「コイツの状態を見たらわかるだろ?それともアンタはまだオレのことを子ども扱いでもしているのか?」
 
 子どもだと、思っているのか?
 くつくつと壊れたような笑いが悪夢のようにカカシに襲いかかった。
 そんなこと、言われなくてもわかっている。なんせ目の前の現実は赤裸々すぎる。
 地面に座り込むように半分降ろされたナルトは何も身につけておらず、暗いこの森の奥では目に痛いほど白かった。
 その剥き出しの白に、想いを刻むように影のような鬱血の花がそこかしこの柔らかい肉の上に散っている。
 起こったであろうことは一目瞭然。
 ただ、現実はなんとか視線をやることができても、そこに孕むものはとてもじゃないけれど見る気になれなかった。
 こんなにまで二人を繋ぐものは深くこじれていたのか。
 
 信じられないなら目の前で再現してやろうか。そんな囁きさえする。
 茫然としていると、目の前の白い足が二本、宙に浮き、茶色く汚れた膝が上を向いた。ぱらぱらと湿った土の塊が落ちる音がする。白金の髪が線をひく。
 そっと抱き込むような仕草を見せながらも、サスケは例えるなら冷たい炎のような、存在自体は矛盾しているけれどどこか調和すら感じるそんな眼でナルトを見据えて、その仰け反って開いた唇に自分の唇を合わせた。
 
 数秒か数分か、言葉のない時が過ぎる。
 気味の悪いぐらいの静寂。
 そこに響く水音に、漸くカカシは眼を細めてゆるりと現状を正視する。
 
 
 
 ――愛だの憎しみだのと簡単に言葉にできる感情だと思うか?
 
 いつか、ナルトのことが好きなのかと、からかうように問いかけた問いの答えを、今更もらうとは思わなかった。あの時は知ったふうに言うカカシにサスケは怒ってそっぽを向いた。くだらねぇ、そう言い切ったサスケの耳は夕日に照らされていたわけでもないのに赤かった。
 けれど今サスケの顔に浮かんでいるのは、絶望に直面したような切羽詰まった表情。
 
 わかりやすすぎだよ、お前。
 
 マスクの下に苦い笑みがこぼれる。
 
 サスケ、お前がどんなに自分の気持ちは言葉にならないわけのわからないものだと言っても、その言葉を選んだ時点でその言葉はお前のものなんだよ。
 
 現状をみて、すとんと落ちた考え。
 愛も、憎しみも、言葉にした時点でサスケ自身の心なのだ。
 自身の心に引っ掛かるものなくして、言葉は言葉という形をとらない。
 カカシとて言葉で全ての心をあらわせるなどとは思っていない。どれだけの言葉をつくしたところで、人の心を全て言語化するなんてそんなことは茶番だとすら思う。
 だから、サスケのナルトに向く感情は、愛や憎しみの周りを渦巻くなにか、なのだろう。
 それでも此処で言葉の重要性を無視することはできない。
 
 言葉にした時点でやはりそれはお前が理解しうる範囲内でのお前の感情の核だとオレは思うよ。
 
 愛、憎しみ
 
 把握しきれないものを体現させようというのか、エスカレートしていく行為に、言い知れぬ切なさが込み上げてきた。
 
 お前たちは、オレたち以上に不器用なんだな……
 
 「……やっぱりお前はまだまだ子どもだよ」
 
 その言葉に、一瞬で赤くなった瞳と視線がぶつかり、その赤が揺らめいたのをカカシは見逃さなかった。
 
 
 ナルトはサスケだけを追いかけ、相手の、サスケの気持ちなんかどうでもよいと言う。
 サスケはイタチだけを追いかけようとし、ナルトへの関心から目を逸らそうとする。
 
 一方は相手からの気持ちを見ようとせず、一方は自分の内の気持ちから目を逸らす。
 
 大切なものから同じような気持ちを貰うこと。
 自分の中に大切なものを認めること。
 
 それは、とてつもない恐怖を伴う。
 それは、自己の何かが内側から壊される感覚。
 
 今、その綻びが確かにカカシにはみえた。
 
 
 
 
 さぁ、これからどうするのか、お手並み拝見といきましょうか。
 
 隠された月が、密かに笑う。
 夜はまだ、始まったばかり。
 
 
 
 
 
 07/11/21 鬼畜サスケシリーズ。終わりはいつも突然に。
 最後はカカシ先生にしめていただきました。
 いろんな意味で今までで一番危うい話となりました。カカシてんてーそれ視かn…げほごほ!
 
 ここまで読んでくださった方々本当にありがとうございましたーー!
 
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