オレは、お前が好きなんだ、ナルト


そう言い切ったあまりの潔さにオレはほうけて、はぁ、と生返事を返した。
アイツはそんなオレを見て、笑って、じゃあな、と一言。
後に残されたオレは、この時いったいどうすればよかったんだろう。




交渉的の獲得



サスケはオレに告白した後、もう気にすることは何もない、とでもいうように次に会った瞬間から容赦がなかった。
いつもは鋭く研ぎ澄まされた漆黒の瞳も、二人きりになるとどこにそんな表情を隠し持っていたのかと思うぐらい甘くなる。
そして隙があれば、低い、腰の芯がじんとするような声で、好きだ、と囁くのだ。
まるで吐息と一緒に甘い毒でも耳から流し込まれているようなそれは、なんとも抗いがたい。
が、コイツはオレのライバルだ。好敵手なんだ。そしてオレもコイツも男だ。
だから、だから……オレはいったいコイツをどうしたらいいんだってばよ?



***
ナルトは今日こそ、と思ってサスケを任務帰りに家に招いた。
どうやってその想いを勘違いだと分からせてやろうか。そんな思案ばかりを巡らしサスケの前を歩いた。後ろを歩くサスケの眉間に皺が寄っていることも、瞳に暗い影が揺らめいていることも、気付かずに。
そして家に入って扉の閉まる音がするのと同時に、ナルトはジャケットのファスナーをジャッと勢いよく下ろし、その中にサスケの手を招き入れた。大した考えがあったわけではない。ただ、もっとも簡単な、しかもわかりやすい方法をとったまでなのだ。なのに、なぜだろう。

ヤバイ……なんでオレこんなに心臓バクバクいってんの?

お陰で説得の言葉を口にする前に変な間が空いてしまった。仕掛けるほうは冷静でいなければいけない。分かっているのに思考と感情がどうにも上手く噛み合わない。
ナルトは、楔帷子ごしに感じるサスケの熱に少し頬を紅潮させ、早口でいう。

「サスケ、目覚ませってばよ。オレ歴とした男だし」

ぎゅう、とサスケの手をひらべったい胸に押し付ける。力でも入れていないと、サスケの手を変に意識してしまいそうだ。

「…………ッそんなこと……とっくの昔から知ってるに決まってんだろ」

耳元で響かれたサスケの声は、とても苛立っている。
くそ、ウスラトンカチ、煽ったお前が悪い、とかなんとか。

「うひゃあ!ちょ、どこ触って」

楔帷子の上に招いた手の指が、軽くその表面を滑る。慌てて両腕で挟みこむようにその手を捕まえるが、こそばさに力が抜けた隙に脇の下に手を差し込まれ、上から下へとひとなで。いつの間にか玄関の扉に押さえ付けられているこの状態は、実は物凄くヤバイのではなかろうか。

「サ、サスケッ」

思わず声が裏返る。自分は墓穴を掘った。それだけは間違いないようだ。
真剣な、濡れたサスケの眼差しが鼻先まで近付く。
キスを、される、そう思った。
けれど、サスケの手から力が抜け、とさり。

「へ……?」
「……ったく!お前どんな頭してんだよ……」

心底呆れたような、疲れきった、安堵すら含んだサスケの声。吐きだされた溜め息が首にあたって、ぞくりと得体の知れないものが腰を這う。

「いったいなんの話しかと神妙に着いてきたらコレかよ!諦めさせるのにそんな際どいとこ触らすバカがどこにいる!!」
「ご、ごめんってば」

あーーっという長い溜め息。腕の力がぎゅううっと強くなる。いつもより熱い腕。安堵、なるほどそれもあるようだけれど、何か違うものが含まれているような、熱のこもった溜め息がまた一つ首筋をなでる。

コイツ…よ、欲情してねぇ?

腰に纏わり付く腕に緊張してナルトは両腕を前で折ったまま固まった。なんか今のサスケに触るのはいけない気がして、もたれ掛かってきているサスケに触れないようお手上げポーズのまま動きがとれない。

熱い……

そう感じたのは首筋になにか柔らかい感触を感じたからで。また腰の辺りに変な感覚を覚えた。お尻がぞわぞわする。
何かを言うべきなのだろう。じゃないとこの状態はナルトの意志とは反してどんどんとんでもない方向へと流れていきそうだ。
けれどいったい何を言えばいい?

「う、あっ……」

首筋を通って耳の付け根までサスケの唇が滑る。思わず首を竦めたらサスケの顔が近くなって……
コツン、と額を下から覗き込むように合わせられた。近過ぎるサスケの顔に、悲しくもないのに瞳を水の膜が覆う。

「おまえが、好きなんだ。ナルト。男とか女とか関係ないぐらい、好き、なんだ。」

もう、どう答えたらいいのかわからない。頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
なんも、わからない。そうナルトが喘ぐように呟くと、サスケは真摯な瞳を向けながら言った。
じゃあ、頷け、と。
オレのモノになると頷いてしまえ、そしたら後はオレがどうとでもしてやる。そんな高慢さが滲みでているのに……

「お前、セコい……」

ナルトはそう一言返すのがやっとで。

「承知の上だ。それでも、どんな方法でもお前を頷かせたいんだよ」

頬に手を添えられ、額を合わせたまま上を向かされる。

「オレは、オレのものなんだってば……」
「強情だな」

いっぱいいっぱいのナルトをサスケは口角を上げて見遣る。
瞬きをしたら水が零れ落ちそうで、必死で瞳をこじ開けた。別に悲しいとかそんな気持ちは本当にないのに、高ぶった感情のせいか瞳はさっきから膜がはられたままだ。
どうしたらいいのか本当に分からない。
意味もなく、音もなく、無駄に口は開いたり閉じたりを繰り返し、時間が流れる。
それに誘われるようにサスケが伏せ目になり唇を寄せてくるから、ナルトは唇を戦慄かせながらもその瞬間を待った。
今度こそ、キスされる。
閉じた瞳からとうとう雫が零れた。

「なァ、ナルト……」

不意に響く声。

なんて、意地の悪い男だ……!

ナルトはその声で一瞬に理解し、カッと頭に血が昇った。
本当にギリギリでサスケはキスを止めたのだ。もう触れているのではと錯覚するはどに近い位置で。
お陰で気付きたくもないことにも気付いてしまった。

自分は、今、サスケのキスを、待っていたのだ。

こんなのって……

「頷けよ……」

変に我慢強い男にナルトは一層、と思い、自ら唇を寄せると頬に添えられていた手の親指に阻まれる。

「ナルト……」

なんて奴だ。苛々する。
咎めるような声。その漆黒の闇は、欲に歪んでいるくせに、酷く真摯で。
喉が渇く。
思わずナルトは唇に当たっていた指を軽くはんで、喉を鳴らした。

これでは、もう勝敗は着いたようなものだ。やってられない。
けれど、本当に全てをこの男にくれてやるわけにはいかなくて。
潤んだ瞳から雫が一つ、先程流れた後を辿った。



決断、交渉、はて、報償は如何程に。




07/09/09
我が侭なサスケに振り回されるナルト。
そんな振り回されたナルトに、さらに振り回されるサスケ(自業自得だな…/笑)
焦らしまくりなサスケが書いてて楽しかったです!ナルトを捕まえるのに一生懸命で、小賢しいサスケが大好きなんだと実感。