寒天は秋色


「オレ、お前のこと好きだったなぁ」

秋のある日、たまたま任務終わりに遭遇したナルトとサスケは、久々に一緒に夕食をとった。その帰り道にナルトはふとなんとはなしにそう思って、思ったことをそのまま声にのせてみたのがこの一言だった。
言葉を受け取った隣を歩くサスケは目線を進行方向から動かさず、ふむと頷く。それだけの反応しか返してこない。
ナルトはなんだ、と若干期待はずれのサスケの反応にどうでもよくなって、寒くなると空気が澄むのか一層美しくなった星空の瞬きを見上げる。
いや、期待とは語弊が生まれそうな言葉だ。別に自分達野郎同士の間に色っぽい雰囲気なんて求めていないので、なんというか、うんと。
そう言い訳じみた事を考えるとナルトはなんだか変に困ってしまって、あまり意識せずに口から飛び出した言葉がすごく恥ずかしいものに思え、地面に視線を落とした。

「今日、」
「ん〜?」

オレってばサスケ相手に何考えてるんだよと、内心自分をばかだと罵りながらお座成りに返事をする。サスケは友達で、兄弟というものがいたらこんな感じかなって思う存在で、本人には口が裂けても言わないが尊敬だってしている。これも認めるのはしゃくだが見目もいい上かっこいい……こともある。まあ、好敵手、親友だろうか。そういえば昔サスケに初めて親しい友だとかなんとか言われたのはとんでもないシチュエーションだったとまでナルトの脳内は記憶を遡り、鬱々とした気分になった。
そもそもサスケが変な返答をするから悪い、そう思考を切り替え責任を転嫁するところまでいって、サスケが話を途中でとぎらせいたままだという事実にナルトは漸く気がついた。

「サスケ……?」

気がつけばもうサスケの家の前だ。五歩ほど開いた距離を振り返る。
え……?
リンリンと澄んだ虫の声が急に遠くなった。
今日……、そう先ほどの言葉をサスケが再び口にする。
低音の、耳障りのいい声だ。違う。そんなことが言いたいんじゃなくて、なんでおまえそんな……

「泊まっていくか」

切羽詰ったみてえな顔してんの?
独り言とも疑問系とも判断のつかない言葉がやけに鮮明に、虫達の声を掻い潜ってナルトの耳に滑り込んできた。その言葉の拘束力はナルトが自覚しているよりも強いらしく、足が地面に張り付いたように一歩も動かない。

「明日、任務休みなんだろ?」

今度はしっかりと問いかけられる。

「サスケは……任務、なんだろ?」
「夕方からな」

何も問題がないなと確信したらしいサスケがナルトに向かって歩を進める。

一歩、二歩。

問題ないわけあるか。とサスケの心の声を聞き取ってナルトも心の中で返すが、サスケはこちらの心の声を聞き取る気はないようだ。否、聞き取っても無視していやがるにちがいない。

三歩。

どうやらサスケの足は自分の足より長かったようで、あと一歩もあれば目の前に立ちはだかるのだろうその足が、今、ナルトはとてつもなく小憎たらしい。そんな小憎たらしさに、やっぱりサスケはそうでなくてはと思ってしまうのだから、自分のサスケバカっぷりにもほとほと愛想がつきそうだ。じゃなくって、

四歩。

いやいや近い。ほんと近いです、サスケさん。
さん付けになるのは別にサスケをそこまで敬っているからとかでは決して、ない。心の距離をとろうとしているのだ、と言っても心の声など効果は無に等しい。

「入れよ」

だからなんでそこは「入るか?」とかじゃないんだってばよ。
このままだと本当にどういう意味でか予測はつかないが身の危険を感じてナルトが後ずさろうとすれば、半歩いったところで腕を掴まれてしまい、それ以上さがることもできなくなる。間近で目線を合わせてくるサスケの顔はやはり端整で、星と同じように寒さで凛とした空気の中更に綺麗にみえた。

「ナルト……」

やめろ、その声冗談じゃなく弱いだってばオレ。こんな時だけレアな名前呼びなんてせこいってばよ。ちなみに言えばオレはその切れ長の眼でじっと見られるのもだめ。アレ、なんかオレってばサスケのこと好きみたいじゃね?いや好きだけど、なんか、なんかすげぇすき、みたいな……
体温が一気に上がった気がした。

「ナルト」

もう一度サスケが名前を呼んで、これでもかというほど顔が近づく。思わずびくりと反応して目をぎゅっと瞑るとサスケの気配がギリギリまで近づいて、思案するようにしばらく留まった。
そして、何事もなく離れていった。

「へ……?」
「さみぃし早く入るぞ」

開けた視界には緩く微笑みを浮かべたサスケがいて、自分が視界を閉じている間に何が起きたのかとナルトは目を見張る。
そのままぼーとしていると手を掴まれ、そういやお互い風呂はまだだったなとナルトの手甲にこびり付いた血を、手を掴んだまま器用に指で辿りサスケが言った。
まずいぞ、と本能は警告しているし、内にいる九尾が珍しく動揺しちゃってるような気配さえも感じる。
なにより、サスケの体温はこれほどまでに高かったであろうか。

「サスケ……」

振り返ったサスケの黒曜石のような瞳が妖しげに揺らめいて、ナルトの手を包んでいる体温よりも高い熱を宿しているようで、思わず怯みかけ俯こうとした。そんな自身をすぐさま叱咤してナルトはなんとか持ち前の負けん気を発揮し、顎を引いたままサスケを見返せば、満足げにサスケは目を細め、口角を上げる。
その瞬間、滲んだ雄臭さにナルトが思わず再度怯み身体を引きかけると、いつの間にかたどり着いていたサスケの家の中に引きずり込まれた。
バタン、と近所迷惑な派手な音を上げて扉が閉まる。
真っ暗な部屋の中、扉一枚隔てただけで聞こえなくなった虫の声を背に、ナルトとサスケの距離はついにゼロになった。

「……ナルト」

静かな暗闇の中、ゼロ距離を体験した現状を把握して煮えたナルトの脳に、甘く掠れた低音が響く。



だから、サスケに名前を呼ばれるのは弱いのだ。その眼に見つめられるのも。
言葉に収まりきらない想いが、詰り過ぎているから。









09/01/28