朝、台所から小気味よい音が聞こえてくるのが好きだった。
長い黒髪の母の後ろ姿と、食卓の上に用意された湯気の立つ料理たち。
今でも鮮やかに思い出せる。
食器が家族四人分、行儀よく並べられていた。




二人分




「ふぁーねみぃ。」

久々の休みだというのにナルトは朝8時に目が覚めてしまった。

くそ〜お昼まで寝るつもりだったのに…

確か、昨日は任務から帰ってきたのが3時頃で、それから風呂に入って寝たのだ。
けれど、一度起きてしまうとお腹が空いていることに気が付いて中々寝付けない。寝起きでしびれる体を叱咤しながら、隣で寝ている人物を起こさないように、ナルトはそうっと立ち上がり、ベットからでた。
寝ている男、うちはサスケを起こすとろくなことがない。

ほんと、寝起きは機嫌わりぃよな〜コイツ。

以前、起こしてしまったことを思い出し、ナルトは身震いした。
ここ数ヶ月の間、サスケは何回もナルトの家に泊まっているが、いつもナルトより後に起きることはなかった。泊まりがけの任務の時だって、自分よりゆっくり寝ているサスケをナルトは見たことがなかったのだ。
そう、あの時までは…


確かあの日は、目的地に行く途中、夜になったので、小さな空き家に泊まった。たぶん冬に猟師が使っている小屋か何かだったのだろう。
翌朝、珍しく自分がサスケより早く起きれたので、ナルトはその時とても嬉しかったことを覚えている。
それがいけなかった。ナルトは嬉しくて、ついサスケの頭をバシバシと叩きながら起こしたのだ。
漸くサスケが目を開けたと思った次の瞬間、ナルトは青白い光りを視界の端に捉えた。
千鳥だった。
小屋は、全壊した。

幸いナルトは無傷で、任務はなんとか遂行できたが、その日のコンビネーションが最悪だったのは言うまでもない。


あの時は本当に死ぬかと思ったってばよ。

ナルトはもう一度身震いをし、裸足でペタペタと歩いて台所に行った。

そもそもなんでアイツはオレんちに泊まってるんだ?いや、最近任務が一緒で家に帰るのが面倒だから泊めろ、と言ってたのは知っている。自分も二言返事で了承したのだ。けれどあれはツーマンセルの任務が続いている間だけではなかったのか。そう、自分の記憶が正しければ、連続であったツーマンセルの任務も、一先ず昨日で終わりだったはずだ。
だから、今日から二人ともしばらくまとまった休みがもらえたのだ。普通、次の日が休みなら、めんどくさくても自分の家に帰るだろう。

もしオレに予定があったらどうすんだってばよ。

ナルトはぶつぶつ言いながらもトーストを二枚焼いて、二人分のいり卵を作る。
そういえば、サスケが家に泊まるようになってからしばらく朝食にラーメンを食べていない。それはサスケが毎回ちゃんと栄養価の考えられたものを、ナルトが起きる前に作って、食卓に並べてくれているからだ。

ほんとサスケって変にマメだってば。
あいつ朝飯にラーメンだすと怒るし。わけわかんねぇ奴だってばよ。
そうだ!今日は夕食をサスケに奢らせよう。

閃いた自分の考えに、ナルトはにしし、と悪戯を企む子どものような笑みを浮かべて、フライパンを反した。

ずっとひとんちに泊まってんだからそれぐらいしてもバチはあたんねーってばよ。

もちろん、奢らすのは一楽のチャーシュー山盛りのラーメンだ。
そしてナルトはお皿に黄色くふんわりとした卵をのせてから、サスケを起こしにかかった。

「サスケー!朝だってばよ!!」

肩を揺さぶり、起きるように促すが、目の前の男はちっとも動かない。

「飯もできたし、いい加減に起きろってば、サスケ!」

ナルトが布団を剥がしにかかると、漸く返事がかえってきた。

「今、何時だ?」

返された声は掠れていて、とても低い。

「8時半!」

ナルトは元気よく答えてみたが、サスケの声に背筋が凍り付いた。明らかに、声の低い原因が寝起きだから、というだけではなさそうだ。

ま、まさか朝飯まで用意して起こした人間に無体なマネはしないよな…
だってここオレんちだし…

そう思うが、すでに嫌な汗をかきだしている自分がいる。

「8時半…?」

眉尻を吊り上げていそうな声に、ナルトは何度も頭を振った。それこそ振り過ぎで頭がどこかに飛んでいってしまうのではないか、と思うほどに。
けれど、

「まだ朝じゃねぇか、ウスラトンカチ!!!休みの日ぐらい昼まで寝かせやがれ!!」

と、いうサスケの怒声によってその努力は無駄に終わった。


怒声と共に布団を剥がそうとしていた腕を引っ張られ、ベットに押さえつけられる。

「…っう!」
「それともなにか?オレを起こすだけの理由があるのか??」

カナリ偉そうだ。

なんで朝食まで作って、親切に起こそうとしたのに、こんなことされなきゃなんねぇんだってばよ。

とは思うがサスケの気迫にすでに負けているナルトは、ただ、固まっているしかない。
だって前回は千鳥だったのだ。
今千鳥をだされたら家どころかアパートがなくなってしまう。

「なァ、ナルト」

はっきり言って怖い。
ライバルのサスケにそんなこと思いたくもないのだけれど、怖いものは怖いのだ。
だってサスケが笑っているようにみえる。しかも、オマケにどす黒いオーラを全身から放ちながら、だ。

恐いってばよ…

震える自分の体と気持ちをなんとか押さえ込み、取り敢えず反撃にでてみる。いくらなんでも負けっぱなしは性に合わない。

「ちょ、朝食ができたんだってばよ。休みの日だからってだらだらすんな!」
「ふん。どうせ普段の習慣で目が覚めたから、仕方なく起きたんだろ?おまえも本当は今日は昼まで寝るつもりだった。違うか?」

明らかにバカにしたようにサスケは鼻で笑いながら言った。

なんでコイツ知ってるんだ。エスパーだってば?

「おまえの考えてることぐらいすぐわかる。ちなみにオレはエスパーでもなんでもねぇ」

あまりにも当たっているのでナルトは歯を食いしばって横を向くしかない。

くそー!!

「わかったんなら昼まで寝るぞ」

サスケはそう言ったままナルトの上に覆いかぶさってきた。

「グェ!おも!!」

自分より15センチぐらい大きいサスケに押し潰されて、ナルトの息がつまる。
なのにそんな訴えを無視してサスケはさらにギュギュウとナルトを抱きしめるのだ。
まるで愛おしくてたまらない、とでもいうように。

なに、コイツ…ひょっとして機嫌いい?

「サスケ、おまえもしかして起きてたのか」
「さあな」

否定しないということは、これは肯定の言葉なのだろう。

「はぁ?意味わかんねぇってば!!じゃあなんでさっき機嫌悪そうにしてたんだよ!!!」
「なんとなくだ」

憮然と答えたサスケの表情は、抱き込まれたナルトからは見えなかった。




実は、サスケはナルトが朝食を作っている時に目が覚めたのだ。
美味しそうな臭いに嗅覚が刺激されて、目を開けたら、台所にナルトが立っていた。テーブルには二人分の食器が置いてあった。それだけのことだった。

ただそれだけなのに、それを見たら何か自分の中に込み上げるものがあって、ナルトが起こしにきてもサスケは中々目を開けることができなかったのだ。
黒髪長髪でもない。四人分でもない。ましてや慣れた手つきでもなかった。
なのに、どうしてナルトの後姿を見てあの温かい気持ちを思い出すのか。
なぜ、振り返った瞬間の表情だって違ったのに、フラッシュバックのように昔を思い出してしまったのか。

ナルトの家に泊まっている間は自分が先に起き、二人分の朝食を作り(初日だけはナルトがカップラーメンを用意した)ナルトを起こしていた。

二人分。
料理を作り食卓に用意していたのは、いつも自分だったのだ。

ナルトが朝食を二人分作ったことは、泊まっている人間が一人いるなら、当たり前のことといえば当たり前のことかもしれない。
けれど当然のように置かれた二人分の食器が、あまりにも自然にこの家に溶け込んでいることに目頭が熱くなった。


自分より少し華奢な片口に顔を埋めて息を吸い込む。
日だまりの臭いと、いり卵の臭いがした。




「サスケェ?」

半ば諦め気味にナルトはサスケに声をかける。すっかり人肌の温もりで眠気が戻ってきてしまった。
首にあたる吐息や髪がくすぐったい。微妙な刺激にすっかり力が抜けてしまっている。

もういいや。
卵もトーストも後で温めなおそう。

サスケが何を考えてるかなんて自分にはさっぱりわからないけれど、そうしたいと思って抱きしめられているのならそれも悪くない。抱きしめられるのが嫌じゃないと思ってしまっている自分がいるのだ。お腹の減りも頭と胸がいっぱいいっぱいな感じでどこかにいってしまった。



ふと、窓の外に目を向ける。
今日は快晴だ。
ベットの横の大きな窓からお日さまの光がさんさんと差し込んでいる。
空では雲が穏やかに流れ、地上では影がそれに沿って地面を滑る。




程なく、二人分の寝息がその間に溶け込んだ。







06/06/28
上忍設定。初サスナル文。
二部のサスケを見て、偉そうなサスケが書きたくなって書いたんですが…
温い!温いよ。もっとどうしようもない感じのサスケにしたかったのに(酷い)
そしてそんなサスケに振り回されるナルトが愛おしいです。