春うらら



どうにも春というものは人を浮かれさせるらしい。
花は咲き乱れ、気温も温かく、様々な色の洪水は生気に満ちて生き生きと輝いているようだ。それを見ていると自然に頬が緩むのは、動物として当然の性なのだろうか。

「えへへへ〜」
「なんだよウスラトンカチ。気持ち悪ぃな」
「ふん、なんとでも言えってばよ!オレ今サイッコーに幸せなの!!春ってなんでこんなに幸せって思うんだろ〜」

幸せなのはてめぇの頭だ、というサスケの言葉にすらナルトの緩んだ笑顔は崩せないようだ。幸せそうな笑顔のままナルトはサスケを見る。その向けられた笑顔を見ていると、だんだん嫌味を言っている自分が馬鹿らしくなって、サスケはそれ以上何かを言うのをやめた。

「あ、なんかいい匂いがするってば」

そう言ってナルトが突然立ち止まって鼻をすん、と動かすので隣を歩いていたサスケも一緒に立ち止まる。
どこからか甘い花の香りが鼻をくすぐる。その香りに誘われて大きく息を吸い込むと、甘い香りがゆっくりと肺を満たし、とても心地がいい。
ナルトはそのままうっとりと瞼を閉じ、さらに甘さの増した香りを楽しんだ。



幸せ。好き。大好き。
そんな思いが春になると湧き出してきて止まらないのはなぜだろう。
ナルトはさらに頬を緩める。
全てのものが眩暈がしてしまうほど愛おしく思えてしょうがないのだ。世界を抱きしめてしまいたい。

「大好き」

気が付くとナルトはそう声に出して言っていた。
隣のサスケは、ナルトの脈絡のない言葉に少し驚いてから、小さく微笑んだ。

「そうかよ」

なぜか少し淋しそうで、どこか呆れも含んだ控え目な笑顔。
あれ、とナルトの中で何かが引っ掛かる。
自分の脈絡のない言葉にサスケが普通に言葉を返したことより、サスケがいつからこんな笑顔をするようになったのかが気になった。胸の締め付けられるような、甘く切ない、そして複雑な笑顔。
ふとナルトは自分達の伸びた手足を見る。

いつからオレ達は大人になった?

目まぐるしい季節を幾度も越えて、いつの間にか二人とも身体は大人になっていた。心も年月と共にそれなりに複雑になった。
今お互いの間に横たわる関係はなんなのだろうか。
昔は自分の隣にサスケがいることが、ただ嬉しく楽しかった。それが失われた時にはがむしゃらに、命懸けで追い求めたこともあった。

じゃあ今は?

今は、サスケがまた隣にいる。そう実感しただけでナルトのみる世界は一層鮮やかになり、輝きだす。
けど、まだ少し足りない。サスケの淋しそうな笑顔。その原因をナルトはたぶん心のどこかで知っている。だってずっと一緒にいたのだ。
サスケの濡れた淋し気な瞳と、ナルトの同じく濡れた瞳が合う。
幸せな季節に、そんな顔はさせないってばよ。サスケ。

「好き。サスケも大好きだってば」

その言葉が言い終わるか終わらないかには、季節に反して黒一色の隣の存在を抱きしめていた。

「お、おい…っ」

赤くなって動揺するサスケが可笑しい。同じ男なのに、なんだその反応は。正直すぎて簡単に自分の考えに確証がもててしまう。
ナルトは思わず沸き上がった愛おしいさに何度も腕にぎゅうぎゅうと力を込めた。
身長差があるので正確には抱き着いていると言った方が正しいのか。そこはナルトとしてはムカツクことこの上ないのだが、その憎らしさもまた愛おしいのだからしようがない。この気持ちに今まで気付かなかったことが不思議だ。

「っんだよ急に。もういいか……」

見上げると少し困った顔をしたサスケがいて、ナルトは思わずその形の良い唇にわざと音を鳴らして幼いキスをした。

「……っ!?」
「サスケ、返事はいつでもいいってばよ?」

面食らった顔のサスケが可笑しい。サスケも、自分も、互いの気持ちに今まで同じ色があったことになぜ気が付かなかったんだろう。

「くそっ……」

舌打ちつきでそう毒づいて、サスケはナルトの後頭部と腰に腕をまわす。

「へ、なに?サスケどうした?」

自分からはいいけれどサスケから抱きしめられるのは緊張するらしく、ナルトの身体が強張る。

「お前が悪い。返事はすぐするが、今は先に責任をとれ」

そういって重ねられた唇は熱く焼けるようで、口づけはさっきナルトからしたのとは比べられないほど深かい。

「んんっ、はぁ……サ、スケ」

漸く離れた互いの唇を繋ぐ銀の糸がつ、と珠になって落ちる。
すっかり弛緩したナルトの腰を支え、サスケがこつん、と額を合わせた。

「ナルト、お前だけがずっと好きだ」

そう言ってまた近づくサスケの顔を確認して、その柔らかい感触にナルトは再び目を閉じた。
そう、この笑顔が欲しかったんだ。




07/07/23
春の話だったのですが、サスケの誕生日についでに載せちまえと、MEMOにあげてました。
サスケに甘い話なのでそれも有りなはず!(逃げ)