忍びになると嘘をつくことが多くなる。 それは大切な人を守る為の守護であったり、敵を殲滅させるための罠であったり。 嘘は、使い方によって毒にも薬にもなるのだ。 はいはいゲーム 「じゃあ今から答える方は『はい』しか言っちゃダメだから。後でペア交代ね〜」 次の仕事がくるまでのお昼休み。依頼主側の手違いで運送する予定の荷物が未の刻を過ぎないと届かないというので、春も麗らかな午後をカカシ率いる第7班は桜の木の下で寛いでいた。 だが、余りにも暇になったナルトがサクラの予想通り駄々をこねだしたので、そこでカカシから一つの提案が上がったのだった。 忍びというものは嘘をつくことも上手くできなくちゃいけない。だからその練習にこういうゲームをやってみよう、と。「題して、はいはいゲーム〜!!」そう、いい大人がはしゃいだのはこの際流しておこう。 「じゃあ、私からね」 サスケとカカシから少し離れた場所に、サクラとナルトはいた。 初めはなぜ自分とサスケが同じペアじゃないのかと渋っていたサクラだが、ゲームが始まると同時にその翠の瞳は強い光を湛えてナルトを見る。 サクラの前にいるナルトも、自分が普段から好きだと豪語する相手とペアが一緒だという喜びを噛み締めながらも、けれど勝負は勝負と、眼に力を入れて構える。 「ナルトはラーメンが好き!」 「はい!だってばよ!」 「ナルトはおしるこが好き!」 「はい!だってばよ!」 「じゃあナルトは野菜が好き」 「え…は、はいだってば!」 「こら、駄目じゃない!ちゃんと同じ調子で答えなきゃ」 「う…これ結構難しいってばよ。サクラちゃ〜ん」 もともと自分に素直なナルトは、嘘をつくことが苦手らしい。 サクラはナルトの単純さに最初の方こそ呆れて、これじゃあ張り合いがないと内心溜め息をついていたが、徐々にそんな状況を楽しみだした。こうなったらナルトの完敗はもはや決まったようなもので、次々とその明晰と言われた頭脳をもってナルトの嫌いなものや、好きなものの反対ばかり挙げていった。 遠くまで響きわたる声はもちろんサスケやカカシにも聞こえてくる。 「ナルトは勉強が好き!」 「はい!」 「ナルトは修行が嫌い!」 「はい!!」 「ナルトは…」 「はい!!!」 サクラのとても楽しげな声と、半ば泣きの入った悲鳴のようなナルトの声。気になって二人を見に行くと、ナルトは目をきつくつぶっていた。たぶん耳すら閉じてしまっているのだろう。サクラの質問が終わる前に返事をしているのだから。 「あいつら何してんの…」 「さあな」 あれじゃあ修行にならないじゃない、と呆れ反るカカシとサスケが完全に自分達の修行をやめて近くの茂みからこちらを見ていることなどナルトとサクラは全く気が付かない。 「ふふ、あと一問で終わりにしてあげるわね。ナルト」 にやり、と笑ったサクラに、ナルトはひぃっと喉を引き攣らせて逃げようとするが、後ろは大きな桜の木、前にはサクラがいて逃げることができない。 輝く翠の瞳と、舞い散る桜の花びら、それより少し濃いサクラの髪が風でサラサラと揺れているのはとても美しい。いつものナルトならほけーと、みとれていたのだろうが、今は嫌な汗が流れるだけだ。 「ナルトは…」 ごくり、とナルトが喉を鳴らした音と、見守るサスケとカカシの喉を鳴らした音がシンクロしたことに、もはや誰も気がつかない。 ナルトにとってとどめとなるような最後の一問。可能性としては一楽のラーメンが有力。もう一つは流石にサクラが冗談で言うとは思えないが、火影の夢を諦めるということ。 いやだってば、いやだってばよ〜!!一楽のラーメンを嫌いっていうなんて〜! それにもし火影の夢を諦めるとか言われたら、いくらゲームでもオレってばぜってーんなんことに『はい』って言わねぇってばよ! ナルトは硬くなり、最後の一撃に備える。 ぽかぽかと温かい陽射しと肺まで満たされる桜の香りが漂うなか、ミスマッチに張り詰めた空気が一層緊張感を増した時、ふわりと桜色の唇が開いた。 「ナルトは、七班が大好き」 ゆるく細められた翠が優しく微笑む。 想像していたのとは違う一撃に、ナルトの碧はじわりと滲んだ。 「は…い、すき!大好きだってばよ!!」 もう、やっぱりダメじゃない。ちゃんと一定の調子で答えなきゃと、咎める口調とは反対にサクラが優しく微笑む。 へへ、ふふ、と二人だけの世界をつくりだしている二人に傍観していた二人はついに耐え切れなくなって飛び出した。だって見ていてむず痒い。 「はい、じゃあそろそろペア交換しようか」 「きゃああ!」 「うわぁぁ!」 パンパン、と小刻みのよい音と共に変な汗を掻いたカカシとサスケが居心地悪気な表情で近くの木の影から出てくる。ちなみにカカシ先生の箒ヘアーには緑の葉が艶やかにコラージュされていた。 「え、カカシ先生!サスケェ?!」 ぎょっとした顔の二人を引き離すようにサスケがそこはかとなく間に入ってナルトにちょっかいをかける。 「お前本当にドベだな」 「はぁ!?急になに言ってんだ!バカサスケェ!!」 「バカはてめぇだウスラトンカチ」 「なにぃ〜」 「はいはい、そこらへんにしときなさいね」 上司命令、とカカシが言わなければこの不毛な言い合いはいつになっても終わることがなかっただろう。 「ナルトね、素直もいいけどあれじゃあ全然ダメだから」 い、いつから見てたんだってばよ、と動揺するナルトの声は敢えて無視する。 言ってこれ以上妙な雰囲気がこの班を包むと後が大変だ。 「あ、そろそろ荷が届く頃かな〜。じゃあゲームはこれで終わりにして戻るよ〜」 いつも通りの気の抜けた声に漸く皆落ち着きを取り戻し始める。 サクラは何故か後ろめたさを感じてバカバカ、と自分を叱咤し、ナルトとサスケは互いにそっぽを向いていたが、意識しているのがありありと分かる。 見ている分にはとても面白い。が、これは上司としてはとても厄介だ。なんせ巻き込まれる可能性が大なのだから。 「あ〜あ、この班って本当微妙な均衡ね」 そうぼそりと呟いたカカシの言葉に、サスケだけが眉をひそめてきつい視線をおくった。 07/05/11
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